Q&Aよくある質問

Q文化財関連スポットが目立つ印象ですが、サイト開設の目的はなんですか?
  • A

    沖縄は、豊かな自然、歴史、文化を有する地域で、まだまだ知られていない魅力的なところがたくさんあります。
    沖縄を訪れていただき多くの人たちにその魅力を知ってもらいたい、沖縄の島々にも、もっと足を運んでもらいたい、そういう思いを込めてこのサイトを開設しました。

Q御嶽(うたき)や拝所などを訪れる際のルールはありますか?
  • A

    御嶽や拝所は、地域の人々が大切に守ってきた特別な場所です。中には、聖域とされ立入禁止の場所もあるため、訪問の際は注意が必要です。また、御嶽や拝所、祭祀等を無遠慮に撮影することは控えましょう。
    御嶽や拝所などの文化財は、集落内や隣接して設置されている場所も多くあり、通行する際は徐行運転を心がけ、無断駐車はやめましょう。また、民家や畑、その他個人所有地など、無断で入ることはやめましょう。そのほか、沖縄には先祖崇拝・自然崇拝(天・地・海・水・火等)の信仰文化があり、湧泉(カー、ヒージャー)なども信仰の対象となっていますのでそのような場所にも配慮が必要です。
    それぞれの地域や島ごとに観光する際の心得(ルール)やお願いを実施していますので、詳細は市町村等のホームページをご確認ください。

Q沖縄は周囲にきれいな海が広がっていますが、どこでも遊泳して大丈夫ですか?
  • A

    海水浴場に指定されているビーチでの遊泳を推奨します。水難事故防止のための設備や環境の整備(ライフセーバーやハブクラゲ侵入防止ネット等)がなされていない場所や、自然海岸での遊泳には注意が必要です。
    海には、常に水難事故の危険が伴うことを認識し、安全に楽しくマリンレジャーを楽しみましょう。

    沖縄県警察:安全なマリンレジャー
    https://www.police.pref.okinawa.jp/bunya/anzennamarin/

Qコンテンツの写真を使用したいのですがどういった手続きが必要ですか?
  • A

    当ウェブサイトの写真の使用については、基本的に自由に利用できますが、一部著作権に係る写真があることやサイトのより効果的な運営、改善等を図るため届出制となっております。詳しくは、サイトポリシーをご確認ください。

Qもっと良い写真があり写真を提供したいのですが?
  • A

    写真のご提供は大歓迎です。当サイトのお問い合わせフォームからその旨ご連絡ください。改めて、メールにてご連絡いたします。
    内容等によっては、ご要望に添えない場合もありますのであらかじめご了承ください。

Qお気に入りに登録するにはどうすればいいですか?
  • A

    スポット詳細ページにあるfavoriteマークをクリックしてください。
    (ハートが赤に変わります)解除する場合は、もう一回クリックしてください(ハートが白に変わります)

Q御嶽(うたき)や竜宮神(りゅうぐうしん)、土帝君(とぅーてぃーくん)など聞き慣れない言葉が出てくるのですが?
  • A

    オキナワンパールズの主要な用語解説を以下に紹介します。

    《オキナワンパールズ用語解説》

    【グスク】

    南西諸島に点在する城塞的な遺跡のことをいいます。一般的に「城」と認識されていて、代表的なものは世界遺産の首里城(那覇市)や勝連グスク(うるま市)、今帰仁グスク(今帰仁村)、中城グスク(中城村)、座喜味グスク(読谷村)などがあります。琉球石灰岩を積んだ曲線で構成される石積みと、アーチ式の城門などが特徴です。
    グスクは南西諸島に約300あるといわれていますが、ミントングスク(南城市)のように城の機能を持たない聖地的な場所や、タカラグスク(南城市)のような墓を指すもの、安禰宜(あねき)グスク(渡嘉敷村)のように集落的な様相を持つものなど、その姿は多様で、城塞としてのグスクがすべてではありません。大型の城塞的なグスクにも内部にはほぼ必ず御嶽があり、戦のための用途だけでなく聖なる場所としても利用されていて、廃城となった現在でもグスクが信仰の対象にもなっています。原初のグスクは多様な姿をしていて、やがて拡大発展していくなかでそれらの機能を取り込みつつ「城」の形態として完成していったと考えられています。
    「グスク」の語源は諸説ありますが、「御宿」や「御塞」、「御底」の字をあてたとする説、朝鮮語をルーツとする説、グスクの「グ」は「石」を意味し、「スク」は「聖地」を指すことから石囲いの聖地であるとする説などあります。なお、波上宮(那覇市)は「はなぐすく(端城)」とも呼ばれており、海岸の断崖部にあり戦前までは相方積みの高石垣で囲まれた場所でした。 奄美地域や沖縄島北部には石積みのない「土でできたグスク」も多数存在しており、日本の中世城郭のように切岸や堀切で防御する造りです。琉球石灰岩の少ない地域であることから石材調達の面で土を利用したとみられ、代表的なものに名護グスク(名護市)や親川グスク(名護市)が挙げられます。ただし浦添グスク(浦添市)や勝連グスク(うるま市)からも石積みとともに堀切や土で造成した郭が見つかっており、中南部のグスクでも土を併用していたことがうかがえます。

    【御嶽】

    南西諸島に点在する聖地で「ウタキ」と読みます。総数約2000の御嶽があるとされ、現在の沖縄でも信仰の対象となっています。八重山では「オン」、宮古では「ムトゥ」などとも呼ばれています。
    各地の村落には必ず一つはあり、その村を守護する鎮守の杜的な存在です。境内には拝礼のための豪華な本殿などはなく、基本的には「イビ」と呼ばれる巨岩の場合が多く、香炉が置かれ、周囲にはクバ(ビロウ)やマーニ(クロツグ)など神の依り代となる神木が植えられています。 琉球の創世神話では、開闢(かいびゃく)神のアマミキヨが最初に造った御嶽が安須森御嶽(アシムイウタキ)を始めとした「七嶽」であるとされ、そのなかには世界遺産の斎場御嶽(セーファーウタキ)も含まれています。沖縄のグスクにはこの御嶽がほぼ必ずといっていいほど存在するのも特徴で、現在でもグスクは信仰の場として生き続けています。例えば首里城(那覇市)には首里森御嶽という創世神話に関わる御嶽があり、勝連グスク(うるま市)のタマノミウヂ御嶽が中枢部の一の郭に存在しています。
    村落の御嶽の一般的なかたちとしては中核のイベがあり、その前には神庭が広がっていて、その近くには神事が行われる神アシャギ・殿(トゥン)という簡素な建物があります。さらに御嶽の前には村発祥の家である「根屋(ニーヤ)」があって、そこから扇状に村々の建物が広がっていきました。村落は御嶽を含む「クサティ(腰当)森」という自然の森に囲まれているのも特徴です。クサティ森は我が子(村落)を抱く母親のイメージでとらえられ、村を囲み守る森とされています。なお、御嶽の祭祀は神女のノロが執り行いました。

    【ノロとユタ】

    ノロ(祝女)は沖縄各地の集落で祭祀を執り行った女性神官のことです。女性に霊的な力が備わっており、親族兄弟を守護するという「ヲナリ神信仰」に基づき、村落で五穀豊穣や航海安全などを祈願しました。
    ノロは琉球王国の公的な宗教組織として編成されており、ノロは王国から辞令を交付され、村落に土地を与えられる世襲制で成り立っていました。神女組織の頂点に立つのが聞得大君(きこえおおぎみ)です。王族女性が就き、国家的な祭祀を執り行いました。就任式は斎場御嶽(南城市)で行われています(御新下り)。
    王国制度が消滅して以降も各地の集落にはノロが引き続き祭祀を執り行っていましたが、近年では後継者不足もあり、その数は減少しています。そのなかでも久米島の高級神女、君南風(ちんべー)などは現在でも継承されており、島の重要な祭祀を主宰しています。君南風殿内(久米島町)も祭祀の場所として使われています。
    一方のユタは私的な霊媒師ともいうべき存在であり、個人的な能力者として目覚め、託宣や占いなどを行いました。古琉球以来の伝統的な存在でしたが近世以来、迷信を広める者として、トキ(神事の日取りなどを決める占い師)とともに王府から禁止令が出され、近代にいたるまで弾圧の対象にもなりました。しかしユタは現在でも各地に存在しており、沖縄社会のなかで根強く定着しています。  

    【湧泉(カーとヒージャー)】

    沖縄各地に存在する湧泉のことです。古くから人々の貴重な水源として利用されました。小さな島である沖縄は大きな川がなく、雨が降るとすぐに海へと流れ出てしまいますが、琉球石灰岩の土地では多孔質の石灰岩に雨水が浸透し、地下の水を通しにくい泥岩層との境目から地表へと水があふれ、湧泉をつくりました。 カー(川)は地表から浅い場所から湧き出る水を貯めて利用する形式で、ヒージャー(樋川)は地中などの奥の水源から樋を通して水を導き利用する形式となっています。村ガー(共同の井泉)、ウブガー(出産の際、ウビナディなどの儀式に使う井泉)、親(エー)ガー(村のもとになる井泉)、祝女(ノロ)ガー(神女が利用する井泉)、精進(ソージ)ガー(みそぎに使う井泉)など、用途やその由来で名称が異なっているのも特徴です。カーやヒージャーにはほぼ必ずといっていいほど祠があり、信仰の対象にもなっています。
    代表的なものに垣花樋川(南城市)や金武大川(金武町)、森の川(宜野湾市)などがあります。また首里も那覇市でも高所に位置するものの水が豊富な場所であり、首里城の龍樋や佐司笠樋川、宝口樋川なども知られています。かつて泡盛を造っていた城下町の首里三箇があったのも、酒造りに利用する水が豊富にあったことを示しています。
    こうした各地の湧泉は、上水道が整備される戦後しばらくまで実際に利用されていましたが、現在では一部が農業用水などに使われているものの、枯れているものも少なくありません。しかし、引き続き信仰の場所として参拝されています。

    【宿道】

    琉球王国時代に整備された首里城から沖縄島各地へと伸びる基幹道路のことです。各地の番所をつなぎ、「宿次」と呼ばれる首里王府からの令達をリレー方式で伝える制度に利用されました。宿道は「国頭方西海道」、「中頭方西海道」、「島尻方西海道」と「国頭方東海道」、「中頭方東海道」、「島尻方東海道」に分かれます。すべての宿道は首里城を起点としているところが特徴です。
    街道沿いの左右には一里塚が設けられ、移動距離の目安になっていました。しかし、現在では真栄田の一里塚などわずかしか残されていません。当時の雰囲気を残し、整備されている道は中頭方西海道の首里城-浦添間の道(尚寧王の道)、安波茶橋付近や中頭方東海道の一部である中城村の「中城ハンタ道」、国頭方西海道の一部である恩納村真栄田-仲泊間の道などが挙げられます。当時の面影は失われているものの、道筋としては残っている場所も多数あって、実際のルートを歩くこともできます。
    主要街道とはいえ、場所によっては起伏が激しく道幅も広くないところもあり、物資の大量輸送には必ずしも適していない道でしたが、近代になると、国頭街道(国道58号の原型)を始めとした馬車の通行が可能な道が整備され、鉄道の開設もあわせて陸上輸送が活発化していきました。

    【ティラ・グンギンとビジュル】

    ティラ・グンギンは沖縄各地にある祠のことです。寺や権現の字があてられ、『琉球国由来記』では神社に分類されています。洞窟や海岸の近辺に位置し、霊石のビジュルをまつっている場合が多く、子宝や子孫繁栄を祈願する場所として信仰されています。
    代表的なものに安里のティラや渡口のティラなどがあります。由来譚にはご神体の漂着にまつわるものが多く、これらは波上宮を始めとした琉球の神社(権現社)の由来譚にも共通する内容です。また、ティラ・グンギンの主宰者は琉球在来のノロ(神女)ではなく、「ホーイン」、「ホーイ」又は「ホウリ」という男性神職であり、旧暦9月9日(重陽の節)を例祭とする場合が多数です。修験道の「法印」や神社の職名「祝(ホウリ)」が由来とみられ、日本の真言宗や権現信仰が琉球の霊石信仰と習合するかたちで成立したとみられます。
    ビジュルは霊石のことです。丸く人型の自然石が多く、仏教の十六羅漢の一人、「賓頭盧(びんずる)」が沖縄風になまったものです。泡瀬のビジュルなどが知られています。子宝祈願や一部では占い石として信仰されています。沖縄島と八重山に分布していて、宮古島にはみられません。ビジュルは「フトゥキ(仏)」とも呼ぶ事例があって、仏教信仰が琉球に土着し変容したものとみられます。

    【土帝君】

    中国伝来の土地、農業の神のことです。トーティークン、土地公とも呼ばれます。琉球が中国化路線を進めた17世紀以降、1698年に大嶺親方が中国から神像を持ち帰り、各地に普及していったといいます。土帝君の神像は陶器製や絵像などをまつってありますが、一部では石塔の事例もあります。喜名の土帝君のように各地の神像の大半は失われてしまいましたが、瀬底の土帝君や棚原の土帝君などがなお現存しています。土帝君の祭祀は旧暦2月2日に行われることが多く、農業のみならず豊漁、商売繁盛の神としても信仰されています。

Qよくある質問に明記のない事項はどこに連絡したらいいですか?
  • A

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