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照屋(ティラ)御嶽、かねまんの墓

 中城グスク一の郭の東側崖下にある聖域で、先中城按司(さちなかぐすくあじ)に関係する人物のお墓です。

住所

〒901-2402
沖縄県中城村泊

照屋(ティラ)御嶽、かねまんの墓

 中城グスク一の郭の東側崖下にある聖域で、先中城按司(さちなかぐすくあじ)に関係する人物のお墓です。

 照屋(ティラ)御嶽、かねまんの墓は、中城グスク一の郭の東側の崖下にあります。照屋御嶽は、かつてこの付近にあった照屋ムラと関係がある拝所と考えられています。また、照屋御嶽のそばにかねまんの墓があり、傍らに「かねまん之碑」と記された墓碑が立っています。この墓は、先中城按司直系の子孫といわれる泊大屋(トマィウフヤ)によって拝まれています。

 照屋御嶽は、『琉球国由来記』(1713年)では、「照屋の嶽:コバズカサ御イベ」と記されています。前述のように、かつてこの付近にあった照屋村と関係の深い御嶽と考えられますが、照屋村は、17世紀後半から18世紀前半にかけて添石村に合併されました。照屋御嶽のそばにかねまんの墓がある理由はわかっていませんが、先中城按司に関係がある人物の墓と伝えられています。先中城按司の直系である泊大屋の人たちが墓を清掃した時に、中から古銭が沢山出てきたために「かねまん」と名付けたといわれています。地域では「カニマンの墓」と呼んでいます。

 中城城跡の馬場から行くことができますが、私有地のため一般の方は立ち入り禁止となっており、見学することはできません。

 照屋(ティラ)御嶽、かねまんの墓は、中城グスク一の郭の東側の崖下にあります。照屋御嶽は、かつてこの付近にあった照屋ムラと関係がある拝所と考えられています。また、照屋御嶽のそばにかねまんの墓があり、傍らに「かねまん之碑」と記された墓碑が立っています。この墓は、先中城按司直系の子孫といわれる泊大屋(トマィウフヤ)によって拝まれています。

 照屋御嶽は、『琉球国由来記』(1713年)では、「照屋の嶽:コバズカサ御イベ」と記されています。前述のように、かつてこの付近にあった照屋村と関係の深い御嶽と考えられますが、照屋村は、17世紀後半から18世紀前半にかけて添石村に合併されました。照屋御嶽のそばにかねまんの墓がある理由はわかっていませんが、先中城按司に関係がある人物の墓と伝えられています。先中城按司の直系である泊大屋の人たちが墓を清掃した時に、中から古銭が沢山出てきたために「かねまん」と名付けたといわれています。地域では「カニマンの墓」と呼んでいます。

 中城城跡の馬場から行くことができますが、私有地のため一般の方は立ち入り禁止となっており、見学することはできません。

〒901-2402
沖縄県中城村泊

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