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美里村屋(んざとぅむらやー)跡

 村屋は、後に、倶楽部、区事務所、自治会事務所、自治公民館等と名称が変わってきましたが、機能としては、今も昔も同じような働きをもっている美里集落の拠り所です。

住所

〒904-2153
沖縄県沖縄市美里3丁目22−1

美里村屋(んざとぅむらやー)跡

 村屋は、後に、倶楽部、区事務所、自治会事務所、自治公民館等と名称が変わってきましたが、機能としては、今も昔も同じような働きをもっている美里集落の拠り所です。

 美里村屋(ムラヤー)跡は、美里公民館の北側の通り沿いに位置する建造物で、1954年、美里公民館として、美里集落の人々の手で建設されました。道路に南面して建つ、47.5坪の木造平屋建、入母屋造瓦葺の建物です。内部は広い一室の集会所周囲に廊下を廻らし、西面に床(トコ)を構え、西端に土間、東端に台所が附属します。開放的な平面で、前面の軒を雨端柱で支えるなど地方的特色を備えています。時代の進展と社会の要求に伴い、1989年に道路拡張工事によって敷地が削られ、現在の公民館が建築されてからは、青年会事務所などに使用されました。1974年に改修されています。

 かつての村屋(ムラヤー)が建てられたのは、1914年頃であるといわれています。当時、遊び場(アシビナー)であった、前自治会事務所敷地に、10坪くらいの瓦葺村屋が出来たのが最初といわれています。それまでは、村(字)の集まりは、区長宅や役員宅で行われていましたが、この瓦葺村屋を中心にして集落の行政運営が行われるようになりました。その後、集落の発展と地域区民の要求により、1935年には、47.5坪の瓦葺平屋に改築されました。この村屋は、当時としては沖縄県で一番大きい村屋として評判でした。この村屋も、第2次世界大戦の戦災によって倒壊し、戦後の1946年に、米軍払い下げのかまぼこ形コンセットのトタン葺で、約25坪くらいの事務所が建てられました。戦災から復興し、経済的にゆとりが出始めると、区事務所、村屋の建設の気運が高まり、1954年に、現在の瓦葺平屋の村屋が建設されました。

 美里村屋跡は、2014年4月25日、国の登録有形文化財(建造物)に登録されています。

 美里村屋(ムラヤー)跡は、美里公民館の北側の通り沿いに位置する建造物で、1954年、美里公民館として、美里集落の人々の手で建設されました。道路に南面して建つ、47.5坪の木造平屋建、入母屋造瓦葺の建物です。内部は広い一室の集会所周囲に廊下を廻らし、西面に床(トコ)を構え、西端に土間、東端に台所が附属します。開放的な平面で、前面の軒を雨端柱で支えるなど地方的特色を備えています。時代の進展と社会の要求に伴い、1989年に道路拡張工事によって敷地が削られ、現在の公民館が建築されてからは、青年会事務所などに使用されました。1974年に改修されています。

 かつての村屋(ムラヤー)が建てられたのは、1914年頃であるといわれています。当時、遊び場(アシビナー)であった、前自治会事務所敷地に、10坪くらいの瓦葺村屋が出来たのが最初といわれています。それまでは、村(字)の集まりは、区長宅や役員宅で行われていましたが、この瓦葺村屋を中心にして集落の行政運営が行われるようになりました。その後、集落の発展と地域区民の要求により、1935年には、47.5坪の瓦葺平屋に改築されました。この村屋は、当時としては沖縄県で一番大きい村屋として評判でした。この村屋も、第2次世界大戦の戦災によって倒壊し、戦後の1946年に、米軍払い下げのかまぼこ形コンセットのトタン葺で、約25坪くらいの事務所が建てられました。戦災から復興し、経済的にゆとりが出始めると、区事務所、村屋の建設の気運が高まり、1954年に、現在の瓦葺平屋の村屋が建設されました。

 美里村屋跡は、2014年4月25日、国の登録有形文化財(建造物)に登録されています。

〒904-2153
沖縄県沖縄市美里3丁目22−1

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