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我喜屋のノロ殿内

 かつての我喜屋にいたノロが祭祀を行っていた拝所です。

住所

〒905-0703
沖縄県伊平屋村我喜屋

我喜屋のノロ殿内

 かつての我喜屋にいたノロが祭祀を行っていた拝所です。

 我喜屋のノロ殿内は、かつての我喜屋祝女(ノロ)が祭祀を行っていた拝所です。我喜屋集落の主要は拝所である片隈神社や屋蔵墓、我喜屋殿内など、集落内の拝所を中心にした祭祀行事は、我喜屋ノロを始めとする5~6名の女性神役によって担われていました。ところが、我喜屋集落の神役は、第2次世界大戦後10余年の間に次々と姿を消し、最後に残ったノロも1969年4月17日に死去し、この日をもって、我喜屋集落の神役制が廃絶したとされています(現在、ノロがいるのは田名集落のみとなっています。)。その後、我喜屋出身の巫的信仰者が現れ、24年間にわたって我喜屋集落の祭祀において、区長や他の役職者と一緒に祈願していましたが、正式にノロを始めとする神役は出てきていません。
 なお、このノロ殿内での祭祀は、旧暦1日と15日に行われています。

 我喜屋のノロ殿内は、往古から、神アシアゲと同様に木造茅葺屋根でしたが、明治時代の中頃に木造の瓦屋根に改築されました。そして、1953年、我喜屋集落の各拝所の神様を片隈神社に統合(後に戻されました。)された際、ノロ殿内は小規模の鉄筋コンクリート半スラブ瓦屋根に改築され、現在に至っています。

 現在の我喜屋集落での祭祀は、区長が中心となって行われています。

 我喜屋のノロ殿内は、かつての我喜屋祝女(ノロ)が祭祀を行っていた拝所です。我喜屋集落の主要は拝所である片隈神社や屋蔵墓、我喜屋殿内など、集落内の拝所を中心にした祭祀行事は、我喜屋ノロを始めとする5~6名の女性神役によって担われていました。ところが、我喜屋集落の神役は、第2次世界大戦後10余年の間に次々と姿を消し、最後に残ったノロも1969年4月17日に死去し、この日をもって、我喜屋集落の神役制が廃絶したとされています(現在、ノロがいるのは田名集落のみとなっています。)。その後、我喜屋出身の巫的信仰者が現れ、24年間にわたって我喜屋集落の祭祀において、区長や他の役職者と一緒に祈願していましたが、正式にノロを始めとする神役は出てきていません。
 なお、このノロ殿内での祭祀は、旧暦1日と15日に行われています。

 我喜屋のノロ殿内は、往古から、神アシアゲと同様に木造茅葺屋根でしたが、明治時代の中頃に木造の瓦屋根に改築されました。そして、1953年、我喜屋集落の各拝所の神様を片隈神社に統合(後に戻されました。)された際、ノロ殿内は小規模の鉄筋コンクリート半スラブ瓦屋根に改築され、現在に至っています。

 現在の我喜屋集落での祭祀は、区長が中心となって行われています。

〒905-0703
沖縄県伊平屋村我喜屋