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久里原(くさとばる)貝塚

 沖縄前期~後期の複合遺跡です。前泊から田名に向かって県道179号線を歩けば、左右に田んぼやさとうきび畑が広がり、伊平屋島ならでは風景を楽しむことができます。

住所

〒905-0702
沖縄県伊平屋村前泊

久里原(くさとばる)貝塚

 沖縄前期~後期の複合遺跡です。前泊から田名に向かって県道179号線を歩けば、左右に田んぼやさとうきび畑が広がり、伊平屋島ならでは風景を楽しむことができます。

 久里原(くさとばる)貝塚は、前泊集落の東北端に広がる標高5~6mの砂丘地に立地しています。畑地と原野からなる一帯を人々は久里原と呼んでいます。これまで1960年、1962年、そして1979~1980年の3回に渡って発掘調査が行われました。遺跡の東部と西部では時期を異にし、その境界は前泊集落から田名に通ずる村道で、遺跡の東側は前・中期、西側は後期の貝塚となっています。東側の貝塚からは、伊波式、荻堂式、大山式、カヤウチバンタ式、宇佐浜式などの各型式の土器が見られ、西側の貝塚からは、後期のくびれ平底土器や口縁部が外反する無文土器等後期の特徴を有する土器が採集されています。東側貝塚からは、前述の沖縄各地の前・中期の土器に交じって、奄美系土器も見られます。

 これまでの発掘調査によれば、紀元前4500年から伊平屋島に人が暮らしていたことが分かっています。前述のように、沖縄前期の土器の他、奄美式の土器も発見されており、島外との交流が盛んであったことをうかがい知ることができます。

 久里原貝塚は、1982年、沖縄県の史跡に指定されました。

 久里原(くさとばる)貝塚は、前泊集落の東北端に広がる標高5~6mの砂丘地に立地しています。畑地と原野からなる一帯を人々は久里原と呼んでいます。これまで1960年、1962年、そして1979~1980年の3回に渡って発掘調査が行われました。遺跡の東部と西部では時期を異にし、その境界は前泊集落から田名に通ずる村道で、遺跡の東側は前・中期、西側は後期の貝塚となっています。東側の貝塚からは、伊波式、荻堂式、大山式、カヤウチバンタ式、宇佐浜式などの各型式の土器が見られ、西側の貝塚からは、後期のくびれ平底土器や口縁部が外反する無文土器等後期の特徴を有する土器が採集されています。東側貝塚からは、前述の沖縄各地の前・中期の土器に交じって、奄美系土器も見られます。

 これまでの発掘調査によれば、紀元前4500年から伊平屋島に人が暮らしていたことが分かっています。前述のように、沖縄前期の土器の他、奄美式の土器も発見されており、島外との交流が盛んであったことをうかがい知ることができます。

 久里原貝塚は、1982年、沖縄県の史跡に指定されました。

〒905-0702
沖縄県伊平屋村前泊