SPOTスポット

籠屋(クマヤ)洞窟

 天照大御神が隠れたとされる伝説の洞窟です。

住所

〒905-0701
沖縄県伊平屋村

籠屋(クマヤ)洞窟

 天照大御神が隠れたとされる伝説の洞窟です。

 籠屋(クマヤ)洞窟は、伊平屋島の北東部にあって、洞口は東海岸に向いて開口しています。この一帯の地質は、今から2億8000万年前のチャートと呼ばれる岩相を主体にした古生代二畳紀の地層からなっており、洞穴はこの地層のチャートの中に形成されています。洞口は1か所、海抜25~30mにあり、海岸から急な階段を上って、一人がやっと通れるぐらいの入口にたどり着きます。洞穴は下り横穴式で、内部については、幅の最も広いところは約18mあり、天井の最も高いところは約12m、広さは約600㎡となっています。洞床は、強い季節風の影響を受けた吹上砂が流れ込み、3~4mも厚く堆積していますが、洞奥にはチャートの崩壊した角レキが埋まっています。洞長は約63mで、洞奥の方で先細りし、次第に侵入不可能となります。クマヤ洞窟は、御嶽として祠がまつられているほか、古代人の住居跡も見つかっています。江戸時代の国学者藤井貞幹(ふじいていかん、さだもと)は、ここが、天照御大神ゆかりの「天の岩戸」と発表したことから、「天の岩戸」とも呼ばれています。

 ここは全国に多数ある天の岩戸伝説の最南端地です。1968年に東京の穴沢神社の一行を招いて「天の岩戸開き」を再現する神代神楽舞いを行った際に雑誌オキナワクラブに取り上げられたことが、クマヤ洞窟が「天の岩戸伝承地」として知られるようになったきっかけとなりました。その際に、江戸時代の学者、藤井貞幹の「神武天皇伊平屋島生誕説」も紹介されました。クマヤ洞窟にかかる「天の岩戸」伝説とは次のようなものです。
『天照大御神がクマヤ洞窟に隠れてしまって、世の中は暗くなり闇になりました。神々たちは、「何とかして世を明るくしないといけない。」とクマヤの下の平たい岩の上で大騒ぎして踊りました。クマヤに籠っていた天照大御神は、その騒々しい騒ぎを聞いて、クマヤの石を開けてのぞくと、外で待っていた神々が天照大御神を外に出したので、世の中が明るくなりました。』
伊平屋島にたゆたう太古の時間と大自然の中では、「ここから全てが始まった」といわれれば、素直にうなずける気がします。戦争中は弾薬庫としても利用されていました。
 なお、このクマヤ洞窟の反対側には、西籠屋(クマヤ)洞窟があり、かつては両方を通ることができるようになっていて、大昔、七束の松明を照らして通り抜けましたが、その時に、七匹の毒蛇を捕まえたとの伝説があります。クマヤ洞窟内には左右に穴が続いていますが、現在では、西クマヤ洞窟には通り抜けることができません。

 クマヤ洞窟は、1958年、沖縄県の天然記念物に指定されています。

 籠屋(クマヤ)洞窟は、伊平屋島の北東部にあって、洞口は東海岸に向いて開口しています。この一帯の地質は、今から2億8000万年前のチャートと呼ばれる岩相を主体にした古生代二畳紀の地層からなっており、洞穴はこの地層のチャートの中に形成されています。洞口は1か所、海抜25~30mにあり、海岸から急な階段を上って、一人がやっと通れるぐらいの入口にたどり着きます。洞穴は下り横穴式で、内部については、幅の最も広いところは約18mあり、天井の最も高いところは約12m、広さは約600㎡となっています。洞床は、強い季節風の影響を受けた吹上砂が流れ込み、3~4mも厚く堆積していますが、洞奥にはチャートの崩壊した角レキが埋まっています。洞長は約63mで、洞奥の方で先細りし、次第に侵入不可能となります。クマヤ洞窟は、御嶽として祠がまつられているほか、古代人の住居跡も見つかっています。江戸時代の国学者藤井貞幹(ふじいていかん、さだもと)は、ここが、天照御大神ゆかりの「天の岩戸」と発表したことから、「天の岩戸」とも呼ばれています。

 ここは全国に多数ある天の岩戸伝説の最南端地です。1968年に東京の穴沢神社の一行を招いて「天の岩戸開き」を再現する神代神楽舞いを行った際に雑誌オキナワクラブに取り上げられたことが、クマヤ洞窟が「天の岩戸伝承地」として知られるようになったきっかけとなりました。その際に、江戸時代の学者、藤井貞幹の「神武天皇伊平屋島生誕説」も紹介されました。クマヤ洞窟にかかる「天の岩戸」伝説とは次のようなものです。
『天照大御神がクマヤ洞窟に隠れてしまって、世の中は暗くなり闇になりました。神々たちは、「何とかして世を明るくしないといけない。」とクマヤの下の平たい岩の上で大騒ぎして踊りました。クマヤに籠っていた天照大御神は、その騒々しい騒ぎを聞いて、クマヤの石を開けてのぞくと、外で待っていた神々が天照大御神を外に出したので、世の中が明るくなりました。』
伊平屋島にたゆたう太古の時間と大自然の中では、「ここから全てが始まった」といわれれば、素直にうなずける気がします。戦争中は弾薬庫としても利用されていました。
 なお、このクマヤ洞窟の反対側には、西籠屋(クマヤ)洞窟があり、かつては両方を通ることができるようになっていて、大昔、七束の松明を照らして通り抜けましたが、その時に、七匹の毒蛇を捕まえたとの伝説があります。クマヤ洞窟内には左右に穴が続いていますが、現在では、西クマヤ洞窟には通り抜けることができません。

 クマヤ洞窟は、1958年、沖縄県の天然記念物に指定されています。

〒905-0701
沖縄県伊平屋村