SPOTスポット

大東神社

 南大東村で最も古い歴史を持つ、天照大御神をまつっている神社です。境内のうっそうとした樹木に、開拓当時の南大東島をしのぶことができます。

住所

〒901-3806
沖縄県南大東村池之沢

大東神社

 南大東村で最も古い歴史を持つ、天照大御神をまつっている神社です。境内のうっそうとした樹木に、開拓当時の南大東島をしのぶことができます。

 大東神社は、1900年、玉置半右衛門率いる大東諸島開拓団が南大東島への入植事業を開始した際に創建された、南大東村でも最も古い歴史を持つ神社です。北大東村の大東宮と同様、天照大御神をまつっています。境内には、無人島当時からの樹齢100年を超えるダイトウビロウがそびえ立つほか、約50種にも及ぶ樹木がうっそうと繁茂していて、開拓当時をしのばせ、境内全域の醸し出す神々しさは、正に沖縄県下随一と言っても過言ではないほどです。第2次世界大戦前は、会社員、営業者組合、島民などからの一定年額の寄付金を持って維持費を充てていましたが、戦後は、氏子一同によって祭事の運営が行われています。1月1日の歳旦祭には、新年の豊年、安全、健康等を祈願し、併せて村内外各界代表者による挨拶を兼ねて朝神式を行います。また、毎年9月22日、23日の両日を例祭日(本祭は23日)として豊年祭が行われ、沖縄県では珍しく、島内の集落がそれぞれ御輿や山車で練り歩き、仮装行列や演芸、境内に設置された土俵での相撲などの奉納行事がにぎやかに行われるなど、八丈島や沖縄県の他の地域からの移住者の文化が融合した独特の祭事となっています。

 八丈島は、昔から民間信仰の根強い島でした。それゆえに、住民の信仰心は厚く、1900年の開拓着手後間もなく、池之沢部落の北部権蔵池を正面に見る小高い山腹に天照大御神を奉安し、産土神(うぶすながみ)として崇め、この山を大神宮山と呼んで参拝者が絶えませんでした。1920年10月に社殿及び拝殿をより上部に移転新築し、翌1921年5月、伊勢皇大神宮から御神符を受けて歓請、1922年に大鳥居が建立されました。そして、戦後になって、大東神社と改称されました。

 神社のすぐ近くには、開拓団の沖山権蔵が島内で最初に発見した淡水池である権蔵池があります。
 鳥居前の広場に駐車できます。

 大東神社は、1900年、玉置半右衛門率いる大東諸島開拓団が南大東島への入植事業を開始した際に創建された、南大東村でも最も古い歴史を持つ神社です。北大東村の大東宮と同様、天照大御神をまつっています。境内には、無人島当時からの樹齢100年を超えるダイトウビロウがそびえ立つほか、約50種にも及ぶ樹木がうっそうと繁茂していて、開拓当時をしのばせ、境内全域の醸し出す神々しさは、正に沖縄県下随一と言っても過言ではないほどです。第2次世界大戦前は、会社員、営業者組合、島民などからの一定年額の寄付金を持って維持費を充てていましたが、戦後は、氏子一同によって祭事の運営が行われています。1月1日の歳旦祭には、新年の豊年、安全、健康等を祈願し、併せて村内外各界代表者による挨拶を兼ねて朝神式を行います。また、毎年9月22日、23日の両日を例祭日(本祭は23日)として豊年祭が行われ、沖縄県では珍しく、島内の集落がそれぞれ御輿や山車で練り歩き、仮装行列や演芸、境内に設置された土俵での相撲などの奉納行事がにぎやかに行われるなど、八丈島や沖縄県の他の地域からの移住者の文化が融合した独特の祭事となっています。

 八丈島は、昔から民間信仰の根強い島でした。それゆえに、住民の信仰心は厚く、1900年の開拓着手後間もなく、池之沢部落の北部権蔵池を正面に見る小高い山腹に天照大御神を奉安し、産土神(うぶすながみ)として崇め、この山を大神宮山と呼んで参拝者が絶えませんでした。1920年10月に社殿及び拝殿をより上部に移転新築し、翌1921年5月、伊勢皇大神宮から御神符を受けて歓請、1922年に大鳥居が建立されました。そして、戦後になって、大東神社と改称されました。

 神社のすぐ近くには、開拓団の沖山権蔵が島内で最初に発見した淡水池である権蔵池があります。
 鳥居前の広場に駐車できます。

〒901-3806
沖縄県南大東村池之沢

トップへ戻る