SPOTスポット

港川遺跡公園

 港川人発見地の岩の割れ目(フィッシャー)や、採石跡のほか、断崖面で見られる地層や鍾乳石の様子も見ることができます。

住所

〒901-0501
沖縄県八重瀬町長毛

港川遺跡公園

 港川人発見地の岩の割れ目(フィッシャー)や、採石跡のほか、断崖面で見られる地層や鍾乳石の様子も見ることができます。

 港川遺跡とは、2万2千年前の人骨化石の「港川人」の出土地のほか、縄文時代から、近代まで連綿と人々の生業の地として利用されていた複合遺跡です。1970年、大山盛保氏により、当時、琉球石灰岩(粟石)採石場の一画にあったフィッシャー(岩の割れ目)内の堆積土中から、2万2千年前の人骨や動物化石が発見されました。それ以降本格的な発掘が行われ、1974年に、完全に近い全身骨を5~9体発見しました。発見された人骨は港川人と称されました。なお、港川人が発見された粟石は、粟おこしに形状が似ていることから粟石と称され、沖縄県内でも八重瀬町のほか、浦添市、うるま市でしか採石できない貴重な石です。粟石の採掘は1800年代末期頃から行われ、切り出された石材は県下に広く流通し、近代沖縄の産業発展に大きく貢献しました。現在では石材の枯渇や安価なコンクリートなどの台頭により、この地での採石は行われていません。

 港川人は、当初、インドネシアで発見されたワジャク人と似ていることから、東南アジア地域から島伝いに海を渡って琉球列島を経由して本土に渡り、縄文人になったという説がありました。しかし、最近の研究によると、港川人のあごの骨が華奢で、縄文人とは異なり、オーストラリアの先住民族アボリジニと特徴が似ていることが分かってきており、アボリジニがオーストラリアに住み、北上し、沖縄に住み着いて港川人になったという説もあります。また、研究により、港川人の復元図も変わってきています。

 2022年4月に開園しました。

 港川遺跡とは、2万2千年前の人骨化石の「港川人」の出土地のほか、縄文時代から、近代まで連綿と人々の生業の地として利用されていた複合遺跡です。1970年、大山盛保氏により、当時、琉球石灰岩(粟石)採石場の一画にあったフィッシャー(岩の割れ目)内の堆積土中から、2万2千年前の人骨や動物化石が発見されました。それ以降本格的な発掘が行われ、1974年に、完全に近い全身骨を5~9体発見しました。発見された人骨は港川人と称されました。なお、港川人が発見された粟石は、粟おこしに形状が似ていることから粟石と称され、沖縄県内でも八重瀬町のほか、浦添市、うるま市でしか採石できない貴重な石です。粟石の採掘は1800年代末期頃から行われ、切り出された石材は県下に広く流通し、近代沖縄の産業発展に大きく貢献しました。現在では石材の枯渇や安価なコンクリートなどの台頭により、この地での採石は行われていません。

 港川人は、当初、インドネシアで発見されたワジャク人と似ていることから、東南アジア地域から島伝いに海を渡って琉球列島を経由して本土に渡り、縄文人になったという説がありました。しかし、最近の研究によると、港川人のあごの骨が華奢で、縄文人とは異なり、オーストラリアの先住民族アボリジニと特徴が似ていることが分かってきており、アボリジニがオーストラリアに住み、北上し、沖縄に住み着いて港川人になったという説もあります。また、研究により、港川人の復元図も変わってきています。

 2022年4月に開園しました。

〒901-0501
沖縄県八重瀬町長毛

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