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城島(グシク)

 慶良間諸島渡嘉敷島の入り口に当たる渡嘉敷港のすぐ近くに、お椀を伏せたような形の小さな島があります。城(グシク)島と呼ばれていて、大潮の干潮時には、渡嘉敷本島から歩いて行ける位浅い海でつながっています。岩でできた崖で囲まれた部分も多く、頂上付近にあるといわれる平地までの道を探すのはかなり困難です。頂上の平地には池もあり、雨ごいをしたといわれる御嶽が有ります。

住所

〒901-3501
沖縄県渡嘉敷村渡嘉敷 城島

城島(グシク)

 慶良間諸島渡嘉敷島の入り口に当たる渡嘉敷港のすぐ近くに、お椀を伏せたような形の小さな島があります。城(グシク)島と呼ばれていて、大潮の干潮時には、渡嘉敷本島から歩いて行ける位浅い海でつながっています。岩でできた崖で囲まれた部分も多く、頂上付近にあるといわれる平地までの道を探すのはかなり困難です。頂上の平地には池もあり、雨ごいをしたといわれる御嶽が有ります。

 高さは116m、東西・南北ともに約300mで、その威容は、渡嘉敷村の玄関口にふさわしい存在です。

 はるか大昔の人達が黒島に着きましたが、そこでは住めずに儀志布島に移り、さらに渡嘉敷島でも儀志布島に近い北山の北ウタキに移住しました。その後、この城(グシク)島の頂上にある平地と、現在の字渡嘉敷の南にあるサトゥ(里)と呼ばれる山の中腹にも別れ住むようになり、人達は時々協議する必要があり、現在の渡嘉敷神社の裏にあるクミチジ(久米頂)山に集まったと伝えられています。クミチジ山は、南北が700m、東西が230m、高さ37.5mほどの丘になっていますが、当時は渡嘉敷の入江の奥にある小島でした。北御獄と里からは山や谷伝いにおりてこの小島に着きましたが、グシクからは筏で渡って来たと伝えられています。8月10日に島の安全を願う島御願の由来として、昔ウランダ船が渡嘉敷の港に入ろうとすると、イジリマジラシという力持ちがこの島に上がり、頂上から大きい石を転がして船が入るのを防ぎ、撃退したという伝説もあります。

 渡嘉敷では、グシク(城)といえば、渡嘉敷港になっている入江の東にある東西・南北とも約300m、高さ116mの円すい形の岩山のグスク島(城山)を指します。この島は、渡嘉敷港のすぐ北の儀津(ギズ)岬から500mほど南東に張り出した珊瑚礁の先端にあります。この島も北側を除き、50~100mほどの荒い岩肌のがけに囲まれており、頂上に登る道はありません。グシクの頂上には100坪ほどの平地があります。

 高さは116m、東西・南北ともに約300mで、その威容は、渡嘉敷村の玄関口にふさわしい存在です。

 はるか大昔の人達が黒島に着きましたが、そこでは住めずに儀志布島に移り、さらに渡嘉敷島でも儀志布島に近い北山の北ウタキに移住しました。その後、この城(グシク)島の頂上にある平地と、現在の字渡嘉敷の南にあるサトゥ(里)と呼ばれる山の中腹にも別れ住むようになり、人達は時々協議する必要があり、現在の渡嘉敷神社の裏にあるクミチジ(久米頂)山に集まったと伝えられています。クミチジ山は、南北が700m、東西が230m、高さ37.5mほどの丘になっていますが、当時は渡嘉敷の入江の奥にある小島でした。北御獄と里からは山や谷伝いにおりてこの小島に着きましたが、グシクからは筏で渡って来たと伝えられています。8月10日に島の安全を願う島御願の由来として、昔ウランダ船が渡嘉敷の港に入ろうとすると、イジリマジラシという力持ちがこの島に上がり、頂上から大きい石を転がして船が入るのを防ぎ、撃退したという伝説もあります。

 渡嘉敷では、グシク(城)といえば、渡嘉敷港になっている入江の東にある東西・南北とも約300m、高さ116mの円すい形の岩山のグスク島(城山)を指します。この島は、渡嘉敷港のすぐ北の儀津(ギズ)岬から500mほど南東に張り出した珊瑚礁の先端にあります。この島も北側を除き、50~100mほどの荒い岩肌のがけに囲まれており、頂上に登る道はありません。グシクの頂上には100坪ほどの平地があります。

〒901-3501
沖縄県渡嘉敷村渡嘉敷 城島

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