SPOTスポット

真嘉戸井(マカトゥガー)

 沖縄県内各地でよく見られる、既に井戸としての機能がなく、拝みだけの対象となっている拝井(ウガミガー)です。集落内にひっそりと存在しています。

住所

〒901-0503
沖縄県八重瀬町新城891

真嘉戸井(マカトゥガー)

 沖縄県内各地でよく見られる、既に井戸としての機能がなく、拝みだけの対象となっている拝井(ウガミガー)です。集落内にひっそりと存在しています。

 真嘉戸井(マカトゥガー)は、グスク時代から戦後に水道が普及するまで生活用水として利用されていた湧水です。4坪ほどの広さで、水汲場・物洗い場の施設が設けられ、水量豊富な村井(ムラガー)でしたが、現在では、拝みだけの対象となっている拝井(ウガミガー)となっています。

 この井戸には次のような伝承が残っています。
 「昔、具志頭間切の新城村に、清らかな水の湧き出る泉がありました。稲大祭の度毎にその3日前から、村人はこの井の水を汲んで来て神酒を造り、それを五穀神に供えました。ところで、新城村に真嘉戸(マカト)という人がいました。真嘉戸は神酒を造るのが上手でした。そこで、その主人は真嘉戸に神酒造りを命じました。真嘉戸は早朝からタ方まで何度も何度も真嘉戸井よりかめでもって水を運びましだ。そして、くたくたに疲れたのでかめを井のほとりに放り出し、天を仰いでひざまずき、嘆きの涙を雨のように流しました。すると、どこからか白髪の老人が現われてその訳を間いました。真嘉戸は、これに対して、沖縄中どこの間切でも穂祭や稲大祭があります。そして、その度毎に神酒を造り、祭祀の時に五穀神に供えています。今は稲大祭の前です。そして、神酒を造るために何度も何度も骨折り苦しんで水を運んだので、体は疲れ果ててしまったので、このように嘆き悲しんで泣いているのです、と言いました。老人はその姓名を問いました。新城村の真嘉戸であると答えました。そこで老人は、君はこれから間切の長の所に行き、今後、具志頭間切においては、穂祭 (ウマチー) は稲穂祭だけでよいと告げなさい。また、この井は真嘉戸井と呼び君に与えます。
これから君が門を出る時には必ず「真戸井の水は舞うように愑き出て来る」という文句を唱えなさい。そのようにして門を出たならば、君は禍や災難に遭うこともなく、多幸で一生を終わるであろうと言って雲に乗って天に昇って行きました。

 現在は、拝所になっていて、水の状況を見ることができません。
 集落内の狭い場所にあるため、配慮をお願いします。

 真嘉戸井(マカトゥガー)は、グスク時代から戦後に水道が普及するまで生活用水として利用されていた湧水です。4坪ほどの広さで、水汲場・物洗い場の施設が設けられ、水量豊富な村井(ムラガー)でしたが、現在では、拝みだけの対象となっている拝井(ウガミガー)となっています。

 この井戸には次のような伝承が残っています。
 「昔、具志頭間切の新城村に、清らかな水の湧き出る泉がありました。稲大祭の度毎にその3日前から、村人はこの井の水を汲んで来て神酒を造り、それを五穀神に供えました。ところで、新城村に真嘉戸(マカト)という人がいました。真嘉戸は神酒を造るのが上手でした。そこで、その主人は真嘉戸に神酒造りを命じました。真嘉戸は早朝からタ方まで何度も何度も真嘉戸井よりかめでもって水を運びましだ。そして、くたくたに疲れたのでかめを井のほとりに放り出し、天を仰いでひざまずき、嘆きの涙を雨のように流しました。すると、どこからか白髪の老人が現われてその訳を間いました。真嘉戸は、これに対して、沖縄中どこの間切でも穂祭や稲大祭があります。そして、その度毎に神酒を造り、祭祀の時に五穀神に供えています。今は稲大祭の前です。そして、神酒を造るために何度も何度も骨折り苦しんで水を運んだので、体は疲れ果ててしまったので、このように嘆き悲しんで泣いているのです、と言いました。老人はその姓名を問いました。新城村の真嘉戸であると答えました。そこで老人は、君はこれから間切の長の所に行き、今後、具志頭間切においては、穂祭 (ウマチー) は稲穂祭だけでよいと告げなさい。また、この井は真嘉戸井と呼び君に与えます。
これから君が門を出る時には必ず「真戸井の水は舞うように愑き出て来る」という文句を唱えなさい。そのようにして門を出たならば、君は禍や災難に遭うこともなく、多幸で一生を終わるであろうと言って雲に乗って天に昇って行きました。

 現在は、拝所になっていて、水の状況を見ることができません。
 集落内の狭い場所にあるため、配慮をお願いします。

〒901-0503
沖縄県八重瀬町新城891

トップへ戻る