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孝神堂(こうしんどう)

 安里集落の住民から御願されている、広い敷地を持つ素朴な拝所です。

住所

〒901-0514
沖縄県八重瀬町安里190−6

孝神堂(こうしんどう)

 安里集落の住民から御願されている、広い敷地を持つ素朴な拝所です。

 孝神堂(こうしんどう)は安里集落の北の外れにあり、親孝行の成就大願、家族安泰の祈願所となっています。入口に背を向ける北向きの祠、広い前庭、祠の中には香炉が一基あります。伝承によると、孝神堂は18世紀の終わり頃、今から約200年前に建立されたといわれており、神体は、玉城間切の浜川大主の一人娘の乙鶴(おとづる)という女神です。

 乙鶴に関わる伝承は、次のようなものです。
 「昔、北山按司の頭役であった平敷屋大主の二男に虎千代という者がいました。虎千代は智勇に優れていましたが、腕白剛気で父親の言うことに従わないで、常に親子は大猿の仲でした。そして、ついに虎千代は父親から勘当されました。虎千代は家を出てあてどもなく歩き廻り、やがて玉城間切の浜川大主を訪ねて武勇の伝授を乞いました。ところが、浜川大主は老身であったので教えることができず、南山王を頼って武技を受けるがよかろうと教えました。虎千代は、浜川大主の言に従って南山に向いました。南山に行く道は山道が続きその上木が生い繁っていて山は奥深いものでした。虎千代はついに道に迷い、日は暮れましたので、山の中で仮宿することにしました。すると、夜半に神が現れて武技を稽古するなら教えてやると言いました。虎千代は喜んで神から武技を習うことになりました。虎千代はこの地に滞留して武技のけいこに励み、立派な武術者となりました。ある日、浜川大主の一人娘である乙鶴が、父の命を受けて虎千代を養子にもらいたいと探しに来ました。しかし、山が深いので虎千代を探すことはできませんでした。乙鶴はいろいろと考え、座嘉武井(ザカンガー)の近くに隠れて、虎千代が水汲みにやって来るのを待っていました。ところが、不幸にも山賊に捕らえられ、大きな悲鳴を上げました。その時、虎千代はただならぬ女の叫び声を聞き、これを救わんと駆けつけて来ましたが、乙鶴はすでに虫の息でとうとう死んでしまいました。そして、乙鶴はここに葬られました。」

 年に一度、乙鶴の供養のためにウスデークが踊られます。
 まつられているのが女神ということで、基本的に男子禁制となっています。

 孝神堂(こうしんどう)は安里集落の北の外れにあり、親孝行の成就大願、家族安泰の祈願所となっています。入口に背を向ける北向きの祠、広い前庭、祠の中には香炉が一基あります。伝承によると、孝神堂は18世紀の終わり頃、今から約200年前に建立されたといわれており、神体は、玉城間切の浜川大主の一人娘の乙鶴(おとづる)という女神です。

 乙鶴に関わる伝承は、次のようなものです。
 「昔、北山按司の頭役であった平敷屋大主の二男に虎千代という者がいました。虎千代は智勇に優れていましたが、腕白剛気で父親の言うことに従わないで、常に親子は大猿の仲でした。そして、ついに虎千代は父親から勘当されました。虎千代は家を出てあてどもなく歩き廻り、やがて玉城間切の浜川大主を訪ねて武勇の伝授を乞いました。ところが、浜川大主は老身であったので教えることができず、南山王を頼って武技を受けるがよかろうと教えました。虎千代は、浜川大主の言に従って南山に向いました。南山に行く道は山道が続きその上木が生い繁っていて山は奥深いものでした。虎千代はついに道に迷い、日は暮れましたので、山の中で仮宿することにしました。すると、夜半に神が現れて武技を稽古するなら教えてやると言いました。虎千代は喜んで神から武技を習うことになりました。虎千代はこの地に滞留して武技のけいこに励み、立派な武術者となりました。ある日、浜川大主の一人娘である乙鶴が、父の命を受けて虎千代を養子にもらいたいと探しに来ました。しかし、山が深いので虎千代を探すことはできませんでした。乙鶴はいろいろと考え、座嘉武井(ザカンガー)の近くに隠れて、虎千代が水汲みにやって来るのを待っていました。ところが、不幸にも山賊に捕らえられ、大きな悲鳴を上げました。その時、虎千代はただならぬ女の叫び声を聞き、これを救わんと駆けつけて来ましたが、乙鶴はすでに虫の息でとうとう死んでしまいました。そして、乙鶴はここに葬られました。」

 年に一度、乙鶴の供養のためにウスデークが踊られます。
 まつられているのが女神ということで、基本的に男子禁制となっています。

〒901-0514
沖縄県八重瀬町安里190−6

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