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当銘・小城共有龕屋

 当銘(とうめ)集落と小城(こぐごす)集落が使用していた龕(がん、現代で言う霊柩車)の保管庫です。県の文化財に指定された初の龕です。

住所

〒901-0415
沖縄県八重瀬町小城

当銘・小城共有龕屋

 当銘(とうめ)集落と小城(こぐごす)集落が使用していた龕(がん、現代で言う霊柩車)の保管庫です。県の文化財に指定された初の龕です。

 龕とは、葬式の時に棺を入れて運ぶ屋形の輿(こし)のことで、2本の横棒に載せ、前後を4人で担ぐようにできています。現在で言えば、霊柩車のようなものです。沖縄では、火葬が普及する前までは死体をお墓にそのままの状態で収め、その後洗骨し、骨壺に収め直していました。そして、その龕を収める場所が「龕屋(がんや)」です。当銘・小城共有のこのような豪華な龕は、初めは王家や首里士族の葬儀に使用されていましたが、祖先崇拝の念強く、次第に那覇や地方の百姓階級にも普及していき、経済的に豊でなかった地方の村々でも使用するようになっていきました。

 当銘・小城共有龕屋は、葬具として尚灝王(しょうこうおう)三十年、道光十三年(1833年)「癸巳」8月10日に製作され、尚灝王から拝領したと伝えられています。構造は、全長363.5㎝、幅96.0㎝、高さ121.2㎝で、入母屋造りで材質はイヌマキ材(チャーギ)で作られ、朱塗屋根型の輿です。屋根の装飾である竜頭も刀彫により鱗片を浮き彫りに表現されています。また、屋根や壁面は漆塗で正面と裏面は仏図を描き、両側画には蓮華模様が描かれていますが、朱塗りや壁面、装飾品は三十三忌ごとに大修理が行われています。
 なお、入母屋の屋根裏には、龕を製作するに当たってかかわった人々や、供え物の種類、修復年月日、資材の調達方法、細工への費用等が記されています。この龕が最後に使用されたのは、1965年の小城集落の長老の葬儀でした。この龕は、33年毎に修復を行っています。そして、龕甲(がんごう)祭が、1、3、7、13、25、33年の年忌の旧暦8月10日に行われます。かつてはこの地方での死者の弔い方は、洞窟や山林などに死体を置き、風葬とすることが多かったといいます。その後、血の繋がった親族が一つになって「門中墓」が作られるようになりました。

 「当銘・小城の共有龕及び付属装具一式」は、2009年12月1日、沖縄県の有形民俗文化財に指定されました。遺体を運ぶ龕が県指定になったのは、この「当銘・小城の共有龕」が初めてのことでした。
 なお、八重瀬町内の指定文化財(県)は、「富盛の石彫大獅子」に続いて2例目でした。八重瀬町には、他に4つの字が所有していますが、この当銘・小城の共有龕は、中でも最古のもので民俗資料として貴重なものです。
 この当銘・小城共有龕屋の銘板の後ろからは、龕を見ることができるようになっています。

 龕とは、葬式の時に棺を入れて運ぶ屋形の輿(こし)のことで、2本の横棒に載せ、前後を4人で担ぐようにできています。現在で言えば、霊柩車のようなものです。沖縄では、火葬が普及する前までは死体をお墓にそのままの状態で収め、その後洗骨し、骨壺に収め直していました。そして、その龕を収める場所が「龕屋(がんや)」です。当銘・小城共有のこのような豪華な龕は、初めは王家や首里士族の葬儀に使用されていましたが、祖先崇拝の念強く、次第に那覇や地方の百姓階級にも普及していき、経済的に豊でなかった地方の村々でも使用するようになっていきました。

 当銘・小城共有龕屋は、葬具として尚灝王(しょうこうおう)三十年、道光十三年(1833年)「癸巳」8月10日に製作され、尚灝王から拝領したと伝えられています。構造は、全長363.5㎝、幅96.0㎝、高さ121.2㎝で、入母屋造りで材質はイヌマキ材(チャーギ)で作られ、朱塗屋根型の輿です。屋根の装飾である竜頭も刀彫により鱗片を浮き彫りに表現されています。また、屋根や壁面は漆塗で正面と裏面は仏図を描き、両側画には蓮華模様が描かれていますが、朱塗りや壁面、装飾品は三十三忌ごとに大修理が行われています。
 なお、入母屋の屋根裏には、龕を製作するに当たってかかわった人々や、供え物の種類、修復年月日、資材の調達方法、細工への費用等が記されています。この龕が最後に使用されたのは、1965年の小城集落の長老の葬儀でした。この龕は、33年毎に修復を行っています。そして、龕甲(がんごう)祭が、1、3、7、13、25、33年の年忌の旧暦8月10日に行われます。かつてはこの地方での死者の弔い方は、洞窟や山林などに死体を置き、風葬とすることが多かったといいます。その後、血の繋がった親族が一つになって「門中墓」が作られるようになりました。

 「当銘・小城の共有龕及び付属装具一式」は、2009年12月1日、沖縄県の有形民俗文化財に指定されました。遺体を運ぶ龕が県指定になったのは、この「当銘・小城の共有龕」が初めてのことでした。
 なお、八重瀬町内の指定文化財(県)は、「富盛の石彫大獅子」に続いて2例目でした。八重瀬町には、他に4つの字が所有していますが、この当銘・小城の共有龕は、中でも最古のもので民俗資料として貴重なものです。
 この当銘・小城共有龕屋の銘板の後ろからは、龕を見ることができるようになっています。

〒901-0415
沖縄県八重瀬町小城

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