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慰霊之塔としずたまの碑(米軍民間人収容地跡)

 当地は、第2次世界大戦で亡くなった宜野座村出身者や宜野座村地域で亡くなった人々を慰霊する場であり、沖縄戦を経験した世代が少なくなる中、戦争の悲劇を後世に伝えるためにも、大切な場所となっています。

住所

〒904-1302
沖縄県宜野座村宜野座

慰霊之塔としずたまの碑(米軍民間人収容地跡)

 当地は、第2次世界大戦で亡くなった宜野座村出身者や宜野座村地域で亡くなった人々を慰霊する場であり、沖縄戦を経験した世代が少なくなる中、戦争の悲劇を後世に伝えるためにも、大切な場所となっています。

 先の第2次世界大戦で亡くなった宜野座村地域の出身者を慰めるための慰霊之塔で、ご芳名が刻まれています。また、同じ敷地には、宜野座村の遺族会が戦後50周年の節目に、この地で亡くなった全ての人々を慰めるために建立した慰霊塔である「しずたまの碑」もあります。

 1945年4月5日、宜野座村地域に侵攻した米軍第6海兵師団は、占領後、同地域を民間人収容地とし、治安維持を目的に市制を敷いたため、古知屋市・高松市・宜野座市・惣慶市・福山市・漢那市が設立されました。また、米軍は各地に市役所・警察・病院・住居・配給所・学校・孤児院・養老院・水場・埋葬地(共同墓地)を設けました。沖縄戦前の1944年、宜野座村地域は、当時の沖縄県によって南風原村・東風平村・大里村・玉城村・豊見城村の避難地に指定されており、その後、米軍の民間人捕虜が収容されたため、民間人収容地には、最盛期で約10万3千人の人々が生活していたといわれています。

 ここは戦没者を慰霊する場所です。沖縄戦の悲惨さに思いを致して、静かに参拝していただくようお願いします。

 先の第2次世界大戦で亡くなった宜野座村地域の出身者を慰めるための慰霊之塔で、ご芳名が刻まれています。また、同じ敷地には、宜野座村の遺族会が戦後50周年の節目に、この地で亡くなった全ての人々を慰めるために建立した慰霊塔である「しずたまの碑」もあります。

 1945年4月5日、宜野座村地域に侵攻した米軍第6海兵師団は、占領後、同地域を民間人収容地とし、治安維持を目的に市制を敷いたため、古知屋市・高松市・宜野座市・惣慶市・福山市・漢那市が設立されました。また、米軍は各地に市役所・警察・病院・住居・配給所・学校・孤児院・養老院・水場・埋葬地(共同墓地)を設けました。沖縄戦前の1944年、宜野座村地域は、当時の沖縄県によって南風原村・東風平村・大里村・玉城村・豊見城村の避難地に指定されており、その後、米軍の民間人捕虜が収容されたため、民間人収容地には、最盛期で約10万3千人の人々が生活していたといわれています。

 ここは戦没者を慰霊する場所です。沖縄戦の悲惨さに思いを致して、静かに参拝していただくようお願いします。

〒904-1302
沖縄県宜野座村宜野座

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