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ユウアギモー(漢那のお宮)

 ニライカナイの竜宮神と集落の祖霊神をまつる御嶽(うたき)にお宮が創建され、現代も地域で信仰される場所となっています。

住所

〒904-1304
沖縄県宜野座村漢那

ユウアギモー(漢那のお宮)

 ニライカナイの竜宮神と集落の祖霊神をまつる御嶽(うたき)にお宮が創建され、現代も地域で信仰される場所となっています。

 漢那公民館の周辺は、ユウアギモーという沖縄の聖域「御嶽(うたき)」で、1713年に琉球王府が編纂した「琉球国由来記」には「ヨリアゲ森」として登場し、「真南風ノワライヅカサノ御イベ(竜宮神)」と「オラウセナデルヅカサノ御イベ(祖霊神)」の2神がまつられていることが記されています。沖縄戦前、ユウアギモーはハスノハギリ等の海浜性の樹木が生い茂る森であり、その中心にあるイービメーの石灰岩の一帯には、聖域を示す左綱が巡らされた男子禁制の場所でした。1938年、ユウアギモーのイービメーの石灰岩には、漢那出身の海外在住者の寄付等によって神社風の神殿が造られ、この頃から当地は「お宮」と呼ばれるようになりました。第2次世界大戦時、漢那から出征する青年は、お宮で武運長久を祈願していました。

 漢那には、次の話が伝わっています。「昔、漢那は湿地帯であったが、大きな魚の神様が砂を寄せ上げて陸地にしたことで、人が住める土地になった。」という伝説です。ユウアギモーのイービメーの石灰岩は砂地の上に乗っているようであり、大きな魚の神様を津波と想定し、「イービメー」の石灰岩を津波石として考えると、大きな力によって運ばれた大岩をニライカナイの竜宮神として信仰するようになった可能性があります。

 お宮を建てる以前、イービメーの石灰岩の後ろには、骨神を入れた骨甕が安置されていましたが、現在、骨甕はお宮の脇に造られた祠に安置されています。

 漢那公民館の周辺は、ユウアギモーという沖縄の聖域「御嶽(うたき)」で、1713年に琉球王府が編纂した「琉球国由来記」には「ヨリアゲ森」として登場し、「真南風ノワライヅカサノ御イベ(竜宮神)」と「オラウセナデルヅカサノ御イベ(祖霊神)」の2神がまつられていることが記されています。沖縄戦前、ユウアギモーはハスノハギリ等の海浜性の樹木が生い茂る森であり、その中心にあるイービメーの石灰岩の一帯には、聖域を示す左綱が巡らされた男子禁制の場所でした。1938年、ユウアギモーのイービメーの石灰岩には、漢那出身の海外在住者の寄付等によって神社風の神殿が造られ、この頃から当地は「お宮」と呼ばれるようになりました。第2次世界大戦時、漢那から出征する青年は、お宮で武運長久を祈願していました。

 漢那には、次の話が伝わっています。「昔、漢那は湿地帯であったが、大きな魚の神様が砂を寄せ上げて陸地にしたことで、人が住める土地になった。」という伝説です。ユウアギモーのイービメーの石灰岩は砂地の上に乗っているようであり、大きな魚の神様を津波と想定し、「イービメー」の石灰岩を津波石として考えると、大きな力によって運ばれた大岩をニライカナイの竜宮神として信仰するようになった可能性があります。

 お宮を建てる以前、イービメーの石灰岩の後ろには、骨神を入れた骨甕が安置されていましたが、現在、骨甕はお宮の脇に造られた祠に安置されています。

〒904-1304
沖縄県宜野座村漢那

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