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漢那ヌンドゥルチ

 琉球王府の神職(神役)を担ったヌール(ノロ)の邸宅が、現代も地域の信仰の場となっています。

住所

〒904-1304
沖縄県宜野座村漢那

漢那ヌンドゥルチ

 琉球王府の神職(神役)を担ったヌール(ノロ)の邸宅が、現代も地域の信仰の場となっています。

 ヌンドゥルチ(祝女殿内)とは、「ノロ火の神」をまつった祠(ほこら)のことで、琉球王府から神職(神役)を任命されたヌール(ノロ)が王の安泰を祈願した場所でした。また、ノロ火の神は、村の台所を表す「カマド」であり、村が豊かになるように豊作・豊漁を祈願する場所でもありました。

 漢那には、次のような不美人出生譚があります。ある時代の漢那ヌールを務めた方は、とても美人でした。首里へお勤めに出ていた漢那ヌールは、長い間、家に戻らなかったので、兄は漢那ヌールを心配し、待ちかねていました。そのようなある日、漢那を歩いていた物乞いが、「漢那ヌールは美しい人だから、首里の侍・川平真山戸とよく似合いだなあ」とひとりごとを言いました。それを聞いた兄は怒り、「こんなに帰りが遅いのは、きっと男と遊んでいるのだろう」と早合点してしまい、毎日、漢那の松崎原(漢那ビーチ南西)で漢那ヌールの帰り待ち伏せしていました。ようやく妹の漢那ヌールが馬に乗って帰ってくると、兄は妹の事情も聞かずに馬から引きずり降ろし、なぐり殺してしまいました。兄は浜辺で妹の亡がらを引きずって漢那のマチグシク(現在のかんなタラソ沖縄の東側にある石灰岩丘陵)に葬りました。このようなことがあってから、漢那の人々は「あんまり美人に生まれてはいけないよ。漢那の人はちょうど中ほどに生まれなさいよ」といわれるようになりました。そして、それ以来、漢那では美人が生まれないという話が伝わっています。

 宜野座村地域には、漢那ノロと宜野座ノロがおり、漢那ノロは漢那村(現在の漢那区)と惣慶村(現在の惣慶区)の祭祀を司っていたため、漢那ノロ火の神の祭祀は、漢那村だけでなく、惣慶村も参加し、神酒を献上していました。

 ヌンドゥルチ(祝女殿内)とは、「ノロ火の神」をまつった祠(ほこら)のことで、琉球王府から神職(神役)を任命されたヌール(ノロ)が王の安泰を祈願した場所でした。また、ノロ火の神は、村の台所を表す「カマド」であり、村が豊かになるように豊作・豊漁を祈願する場所でもありました。

 漢那には、次のような不美人出生譚があります。ある時代の漢那ヌールを務めた方は、とても美人でした。首里へお勤めに出ていた漢那ヌールは、長い間、家に戻らなかったので、兄は漢那ヌールを心配し、待ちかねていました。そのようなある日、漢那を歩いていた物乞いが、「漢那ヌールは美しい人だから、首里の侍・川平真山戸とよく似合いだなあ」とひとりごとを言いました。それを聞いた兄は怒り、「こんなに帰りが遅いのは、きっと男と遊んでいるのだろう」と早合点してしまい、毎日、漢那の松崎原(漢那ビーチ南西)で漢那ヌールの帰り待ち伏せしていました。ようやく妹の漢那ヌールが馬に乗って帰ってくると、兄は妹の事情も聞かずに馬から引きずり降ろし、なぐり殺してしまいました。兄は浜辺で妹の亡がらを引きずって漢那のマチグシク(現在のかんなタラソ沖縄の東側にある石灰岩丘陵)に葬りました。このようなことがあってから、漢那の人々は「あんまり美人に生まれてはいけないよ。漢那の人はちょうど中ほどに生まれなさいよ」といわれるようになりました。そして、それ以来、漢那では美人が生まれないという話が伝わっています。

 宜野座村地域には、漢那ノロと宜野座ノロがおり、漢那ノロは漢那村(現在の漢那区)と惣慶村(現在の惣慶区)の祭祀を司っていたため、漢那ノロ火の神の祭祀は、漢那村だけでなく、惣慶村も参加し、神酒を献上していました。

〒904-1304
沖縄県宜野座村漢那

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