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ウェーヌアタイ ②木製家形墓

 洞穴内に、沖縄県内でも希少となった寄棟造りの木製家型墓の複製が安置されています。

住所

〒904-1304
沖縄県宜野座村漢那

ウェーヌアタイ ②木製家形墓

 洞穴内に、沖縄県内でも希少となった寄棟造りの木製家型墓の複製が安置されています。

 漢那ウェーヌアタイ遺跡の洞穴には、沖縄県内でも希少となった寄棟造りの木製家型墓の複製(新造された木製家型墓)が安置されており、寸法は、最大長289㎝、最大幅184㎝、高さ推定190㎝となっています。
 なお、オリジナルの木製家型墓については、現在、保存処理を経て、宜野座村立博物館に保管・展示されています。宜野座村教育委員会の調査の結果、木製家型墓の部材はチャーギ(和名:イヌマキ)が使用されており、墓内には170体(男性58体、女性47体、性別不明25体、若年と子供40体)以上が納骨されていることがわかっています。また、木製家形墓に葬られた方は、1912年が最後となっています。

 琉球王府の三司官であった蔡温が1737年に林野制度を確立して以降、チャーギ(和名:イヌマキ)は王府の御用木となり、無断で伐採できなかったと考えられますが、漢那の木製家型墓はチャーギが贅沢に使用されています。墓の部材について年代測定を実施した結果、グスク時代(14世紀中頃)に伐採された木であることがわかっているため、琉球王府が林野制度を開始する以前に伐採された部材であると想定できますが、なぜ、漢那で古いチャーギを部材とした墓が使用されているのか、詳細はわかっていません。
 なお、漢那には、次の話が伝わっています。「昔、王様の妻が亡くなりそうなので、王府から漢那村に木製家型墓を造るように指示があった。墓を造り終えて前浜に運ぶ頃に王妃は亡くなってしまい(恐らく王府が別に墓を仕立てたため)、漢那の木製家型墓は暫く浜に放置されていたが、それをウェーヌアタイに運んで漢那の人々が使用した。」という話、また、「前浜に流れついた木製家型墓をウェーヌアタイに運んで使用した。」という話です。

 漢那区が管理するお墓のため、許可なく触らないようにしてください。

 漢那ウェーヌアタイ遺跡の洞穴には、沖縄県内でも希少となった寄棟造りの木製家型墓の複製(新造された木製家型墓)が安置されており、寸法は、最大長289㎝、最大幅184㎝、高さ推定190㎝となっています。
 なお、オリジナルの木製家型墓については、現在、保存処理を経て、宜野座村立博物館に保管・展示されています。宜野座村教育委員会の調査の結果、木製家型墓の部材はチャーギ(和名:イヌマキ)が使用されており、墓内には170体(男性58体、女性47体、性別不明25体、若年と子供40体)以上が納骨されていることがわかっています。また、木製家形墓に葬られた方は、1912年が最後となっています。

 琉球王府の三司官であった蔡温が1737年に林野制度を確立して以降、チャーギ(和名:イヌマキ)は王府の御用木となり、無断で伐採できなかったと考えられますが、漢那の木製家型墓はチャーギが贅沢に使用されています。墓の部材について年代測定を実施した結果、グスク時代(14世紀中頃)に伐採された木であることがわかっているため、琉球王府が林野制度を開始する以前に伐採された部材であると想定できますが、なぜ、漢那で古いチャーギを部材とした墓が使用されているのか、詳細はわかっていません。
 なお、漢那には、次の話が伝わっています。「昔、王様の妻が亡くなりそうなので、王府から漢那村に木製家型墓を造るように指示があった。墓を造り終えて前浜に運ぶ頃に王妃は亡くなってしまい(恐らく王府が別に墓を仕立てたため)、漢那の木製家型墓は暫く浜に放置されていたが、それをウェーヌアタイに運んで漢那の人々が使用した。」という話、また、「前浜に流れついた木製家型墓をウェーヌアタイに運んで使用した。」という話です。

 漢那区が管理するお墓のため、許可なく触らないようにしてください。

〒904-1304
沖縄県宜野座村漢那

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