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県立農林学校隊最期の碑

 東村宮城の福地ダム近くにある平和への思いを伝える碑です。

住所

〒905-1202
沖縄県東村宮城

県立農林学校隊最期の碑

 東村宮城の福地ダム近くにある平和への思いを伝える碑です。

 2014年6月23日、沖縄戦で鉄血勤皇隊が編成された県立農林学校(嘉手納町)の生徒で、戦死した学徒の同級生であった瀬名波栄喜氏(前名桜大学学長)が中心となり元学徒の遺族らで建立した碑です。

 東村内福地地区で1945年4月28日に米軍と激しい銃撃戦になり、隊長、学徒が命を落としました。碑には、当時16~18歳だった学徒10名と、彼らを率いた尚謙少尉の名が刻まれています。現場は、現在、福地ダムで水没してしまったため、内福地に近い東村宮城での建立となりました。嘉手納町にある県立農林学校の跡地には別に「農林健児之塔」がありますが、若い学生が戦争に巻き込まれ犠牲になったことをより伝えるため、東村のこの地にある碑はあえて「県立農林学校隊最後の碑」と「学校」の2文字を入れたということです。碑の建立された土地は、東村の個人の提供によるものです。

 駐車場はありません。 

 2014年6月23日、沖縄戦で鉄血勤皇隊が編成された県立農林学校(嘉手納町)の生徒で、戦死した学徒の同級生であった瀬名波栄喜氏(前名桜大学学長)が中心となり元学徒の遺族らで建立した碑です。

 東村内福地地区で1945年4月28日に米軍と激しい銃撃戦になり、隊長、学徒が命を落としました。碑には、当時16~18歳だった学徒10名と、彼らを率いた尚謙少尉の名が刻まれています。現場は、現在、福地ダムで水没してしまったため、内福地に近い東村宮城での建立となりました。嘉手納町にある県立農林学校の跡地には別に「農林健児之塔」がありますが、若い学生が戦争に巻き込まれ犠牲になったことをより伝えるため、東村のこの地にある碑はあえて「県立農林学校隊最後の碑」と「学校」の2文字を入れたということです。碑の建立された土地は、東村の個人の提供によるものです。

 駐車場はありません。 

〒905-1202
沖縄県東村宮城

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