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国頭さばくい(くんじゃんさばくい)の地碑

 王府時代に国頭の山から切り出された巨木と、それを運ぶ道具を模した特徴的な碑となっています。

住所

〒905-1412
沖縄県国頭村奥間1539−1

国頭さばくい(くんじゃんさばくい)の地碑

 王府時代に国頭の山から切り出された巨木と、それを運ぶ道具を模した特徴的な碑となっています。

 琉球王国が発展を遂げるにつれて、王宮や寺院・神社の建築、貿易船の建造に巨木が必要となりました。木材の需要が著しく増大し、琉球王府が1737年に著した『山奉行所規模帳』には「大材木になる木は、羽地、大宜味、国頭、久志の四ヶ所の間切の山から何とか取り出している状況となっている」と記されており、多くの材木が国頭からも切り出され、首里などに送られていました。重い材木を切り出して山路を運ぶ作業は大きな危険を伴う重労働で、人々はその過酷な作業を木遣り唄「国頭さばくい」を歌って気持ちを高めながら行いました。首里城改修の際も長尾山一帯から切り出された木が首里まで運ばれ、その落成の時に国頭間切のさばくい(地方役人)が余興としてこの唄を歌い、それが全島からきていた間切役人たちの間で評判となり、各地に伝わったとされています。

 木遣り歌「国頭さばくい」は、大勢で掛け声をかけ合い音頭を取りながら心を一つにして歌われました。歌詞は、国王の御代万歳をたたえています。このしぐさは、奥間区に民俗芸能として保存されています。
 なお、さばくい(捌理)とは各間切にいた幹部役人の総称で、彼らは材木の検査や運搬の指揮にもあたりました。この碑は、2019年の焼失前の首里城正殿の復元を記念して、1991年3月に建立されました。

 碑周辺は、地元奥間区による「奥間区フラワーロード」として婦人会・青年会が植えた花々が咲き誇っています。

 琉球王国が発展を遂げるにつれて、王宮や寺院・神社の建築、貿易船の建造に巨木が必要となりました。木材の需要が著しく増大し、琉球王府が1737年に著した『山奉行所規模帳』には「大材木になる木は、羽地、大宜味、国頭、久志の四ヶ所の間切の山から何とか取り出している状況となっている」と記されており、多くの材木が国頭からも切り出され、首里などに送られていました。重い材木を切り出して山路を運ぶ作業は大きな危険を伴う重労働で、人々はその過酷な作業を木遣り唄「国頭さばくい」を歌って気持ちを高めながら行いました。首里城改修の際も長尾山一帯から切り出された木が首里まで運ばれ、その落成の時に国頭間切のさばくい(地方役人)が余興としてこの唄を歌い、それが全島からきていた間切役人たちの間で評判となり、各地に伝わったとされています。

 木遣り歌「国頭さばくい」は、大勢で掛け声をかけ合い音頭を取りながら心を一つにして歌われました。歌詞は、国王の御代万歳をたたえています。このしぐさは、奥間区に民俗芸能として保存されています。
 なお、さばくい(捌理)とは各間切にいた幹部役人の総称で、彼らは材木の検査や運搬の指揮にもあたりました。この碑は、2019年の焼失前の首里城正殿の復元を記念して、1991年3月に建立されました。

 碑周辺は、地元奥間区による「奥間区フラワーロード」として婦人会・青年会が植えた花々が咲き誇っています。

〒905-1412
沖縄県国頭村奥間1539−1