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奥間グスク

 奥間小学校の南側丘陵上に位置するグスクで、地元ではグスク(別称アマンチヂ)とも呼ばれ、部落発祥の山として信仰の場所になっています。

住所

〒905-1412
沖縄県国頭村奥間

奥間グスク

 奥間小学校の南側丘陵上に位置するグスクで、地元ではグスク(別称アマンチヂ)とも呼ばれ、部落発祥の山として信仰の場所になっています。

 グスクは「城」という漢字をあてますが、本土の城郭とは異なり、戦いに備えた建築物とは限らず、集落の発生地や拝所であったと考えられるものなどがあります。奥間グスクは、麓に「土帝君」、標高約110mの頂上部の南側に「へえの御殿」、北側に「にしの御殿」と呼ばれるコンクリートの祠があるなど、集落発祥の地として信仰の対象となっています。地元の人は、後者の「にしの御殿」をアマングスクと呼んでいます。また、堀切・土塁・切岸等防衛のための遺構も確認されていることから、複合的なグスクであると考えられています。

 隣接する奥間小学校の敷地は、1914年まで番所(役場)などの施設があった場所です。かつての国頭間切りは、大宜味間切りが分立するまで大宜味間切りの大半を含む領域でした。分立した後、1732年に番所を奥間村に移しました。それ以後、村役場を辺士名に移すまで奥間村は国頭間切りの中心地でした。

 かつては県内有数の美田といわれた奥間ターブックを眼下に見渡すことができます。

 グスクは「城」という漢字をあてますが、本土の城郭とは異なり、戦いに備えた建築物とは限らず、集落の発生地や拝所であったと考えられるものなどがあります。奥間グスクは、麓に「土帝君」、標高約110mの頂上部の南側に「へえの御殿」、北側に「にしの御殿」と呼ばれるコンクリートの祠があるなど、集落発祥の地として信仰の対象となっています。地元の人は、後者の「にしの御殿」をアマングスクと呼んでいます。また、堀切・土塁・切岸等防衛のための遺構も確認されていることから、複合的なグスクであると考えられています。

 隣接する奥間小学校の敷地は、1914年まで番所(役場)などの施設があった場所です。かつての国頭間切りは、大宜味間切りが分立するまで大宜味間切りの大半を含む領域でした。分立した後、1732年に番所を奥間村に移しました。それ以後、村役場を辺士名に移すまで奥間村は国頭間切りの中心地でした。

 かつては県内有数の美田といわれた奥間ターブックを眼下に見渡すことができます。

〒905-1412
沖縄県国頭村奥間