SPOTスポット

御待毛(うまちもう)

 浦添における王国時代の街道の様子を想像させる歴史の跡です。

住所

〒901-2103
沖縄県浦添市仲間

御待毛(うまちもう)

 浦添における王国時代の街道の様子を想像させる歴史の跡です。

 県道153号線から普天満参詣道(当山の石畳道)方面へ向かう分岐点にありました。現在では当時をうかがうようなものは残っていませんが、御待毛を示す案内板と、街道の方向を示す「うらおそい 歴史の道」の案内板が設置されています。琉球王国時代、首里と地方を往来する国王や役人を出迎える場所として使われました。

 この御待毛の場所は、琉球王国時代の街道「宿道」の一つ、首里から牧港、読谷へと続く「中頭方西海道」と、ここから枝分かれして当山の石畳道を通り宜野湾の普天満宮へと続く普天満参詣道の分岐点でした。仲間村の人々はここで国王や役人を出迎えたため、「御待毛(うまちもう)」と呼ばれていました。なお恩納村の真栄田にも「御待毛」が存在します。「毛(もう)」とは沖縄の言葉で「広場」や「原っぱ」という意味で、「万座毛」や「毛遊び」などの言葉としても使われています。

 付近に駐車場はなく、またかつての街道の途中にあるので、中頭方西海道から当山の石畳道を巡りながら散策するなかでの見学をお勧めします。

 県道153号線から普天満参詣道(当山の石畳道)方面へ向かう分岐点にありました。現在では当時をうかがうようなものは残っていませんが、御待毛を示す案内板と、街道の方向を示す「うらおそい 歴史の道」の案内板が設置されています。琉球王国時代、首里と地方を往来する国王や役人を出迎える場所として使われました。

 この御待毛の場所は、琉球王国時代の街道「宿道」の一つ、首里から牧港、読谷へと続く「中頭方西海道」と、ここから枝分かれして当山の石畳道を通り宜野湾の普天満宮へと続く普天満参詣道の分岐点でした。仲間村の人々はここで国王や役人を出迎えたため、「御待毛(うまちもう)」と呼ばれていました。なお恩納村の真栄田にも「御待毛」が存在します。「毛(もう)」とは沖縄の言葉で「広場」や「原っぱ」という意味で、「万座毛」や「毛遊び」などの言葉としても使われています。

 付近に駐車場はなく、またかつての街道の途中にあるので、中頭方西海道から当山の石畳道を巡りながら散策するなかでの見学をお勧めします。

〒901-2103
沖縄県浦添市仲間

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