SPOTスポット

龍福寺跡(りゅうふくじあと)

 かつての龍福寺跡をみることができます。

住所

〒901-2103
沖縄県浦添市仲間

龍福寺跡(りゅうふくじあと)

 かつての龍福寺跡をみることができます。

 龍福寺はかつて浦添市仲間、浦添間切の番所近くに位置した臨済宗の寺院です。山号は天徳山、のち補陀洛山といい、文殊菩薩騎獅像(獅子の上に乗った文殊菩薩)が安置されていました。もともとは英祖王の建てた極楽寺であったとされ、15世紀には移設。明治には廃寺となり、現在、跡地は浦添中学校の校庭となっています。

 もとは琉球最古の寺である補陀洛山極楽寺で、浦添グスクの西側(北側とも)にあったようですが、15世紀尚巴志王の頃に他の地へと移設、やがて火災にあって荒廃したといいます。やがて15世紀後半に日本人禅僧で王府に重用されていた芥隠承琥によって再興、天徳山龍福寺と名前を変えます。1609年には薩摩島津軍によって焼かれますが、文殊菩薩と歴代王の位牌は難を逃れました。のち尚寧王によって再建され、18世紀には再び山号が補陀洛山となります。『琉球藩雑記(はんざっき)』(1873年)には、「境内地五百坪余」とあり、龍福寺の敷地面積は約1650㎡であったことがわかります。王国が滅び明治になると廃寺となり、大正初期に兼城村(かねぐすくそん、現糸満市)座波(ざは)へ移転し、大正末には美里村(みさとそん、現沖縄市)泡瀬(あわせ)に移転しました。

 中学校の正門脇に説明板が立っており、駐車場はありませんので、見学の際は生徒の通行や車の通行に支障のないよう注意が必要です。

 龍福寺はかつて浦添市仲間、浦添間切の番所近くに位置した臨済宗の寺院です。山号は天徳山、のち補陀洛山といい、文殊菩薩騎獅像(獅子の上に乗った文殊菩薩)が安置されていました。もともとは英祖王の建てた極楽寺であったとされ、15世紀には移設。明治には廃寺となり、現在、跡地は浦添中学校の校庭となっています。

 もとは琉球最古の寺である補陀洛山極楽寺で、浦添グスクの西側(北側とも)にあったようですが、15世紀尚巴志王の頃に他の地へと移設、やがて火災にあって荒廃したといいます。やがて15世紀後半に日本人禅僧で王府に重用されていた芥隠承琥によって再興、天徳山龍福寺と名前を変えます。1609年には薩摩島津軍によって焼かれますが、文殊菩薩と歴代王の位牌は難を逃れました。のち尚寧王によって再建され、18世紀には再び山号が補陀洛山となります。『琉球藩雑記(はんざっき)』(1873年)には、「境内地五百坪余」とあり、龍福寺の敷地面積は約1650㎡であったことがわかります。王国が滅び明治になると廃寺となり、大正初期に兼城村(かねぐすくそん、現糸満市)座波(ざは)へ移転し、大正末には美里村(みさとそん、現沖縄市)泡瀬(あわせ)に移転しました。

 中学校の正門脇に説明板が立っており、駐車場はありませんので、見学の際は生徒の通行や車の通行に支障のないよう注意が必要です。

〒901-2103
沖縄県浦添市仲間

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