SPOTスポット

浦添城前の碑

 この石碑の場所から、玉城朝薫の墓や首里城、弁ケ岳を望むことができ、首里城と浦添グスクとの距離を実感できます。

住所

〒901-2103
沖縄県浦添市仲間

浦添城前の碑

 この石碑の場所から、玉城朝薫の墓や首里城、弁ケ岳を望むことができ、首里城と浦添グスクとの距離を実感できます。

 この石碑は、1597年に尚寧王が浦添グスクから首里にいたる道路を整備したときの竣工記念碑です。石碑の表と裏に平仮名の琉球文と漢文で、尚寧王の命令により、国民が力をあわせて岩を刻んで道をつくって石を畳み、川には虹のような石橋をかけたことが記されています。碑首は16世紀の琉球王国の象徴である文様、中央に太陽、左右に鳳凰と瑞雲が描かれた「日輪双鳳雲文(にちりんそうほううんもん)」で飾られています。石碑の前の大きな石は馬ヌイ石と呼ばれ、馬に乗るための踏み台といわれています。

 浦添出身の尚寧王は、即位して首里城に住んでからも浦添グスクとの間を行き来していました。道路事情が悪かったため、整備を実行しました。この道は「中頭方西海道」とも呼ばれ、浦添からさらに北方に伸びています。もとの石碑は沖縄戦で台座もろとも破壊されてしまったため、1999(平成11)年に復元されました。残存していた台座の一部も再利用されています。

 石碑から南側へ向かう石畳道の一部が整備されていて、当時の雰囲気を味わうことができます。ここからさらに安波茶橋のほうにつながります。

 この石碑は、1597年に尚寧王が浦添グスクから首里にいたる道路を整備したときの竣工記念碑です。石碑の表と裏に平仮名の琉球文と漢文で、尚寧王の命令により、国民が力をあわせて岩を刻んで道をつくって石を畳み、川には虹のような石橋をかけたことが記されています。碑首は16世紀の琉球王国の象徴である文様、中央に太陽、左右に鳳凰と瑞雲が描かれた「日輪双鳳雲文(にちりんそうほううんもん)」で飾られています。石碑の前の大きな石は馬ヌイ石と呼ばれ、馬に乗るための踏み台といわれています。

 浦添出身の尚寧王は、即位して首里城に住んでからも浦添グスクとの間を行き来していました。道路事情が悪かったため、整備を実行しました。この道は「中頭方西海道」とも呼ばれ、浦添からさらに北方に伸びています。もとの石碑は沖縄戦で台座もろとも破壊されてしまったため、1999(平成11)年に復元されました。残存していた台座の一部も再利用されています。

 石碑から南側へ向かう石畳道の一部が整備されていて、当時の雰囲気を味わうことができます。ここからさらに安波茶橋のほうにつながります。

〒901-2103
沖縄県浦添市仲間

トップへ戻る