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本部御殿墓(もとぶウドゥンばか)

 墓眉の両端の反りが緩やかである等、宜野湾市域での古式亀甲墓に類似した形態を持つ市内唯一の御殿墓です。墓庭は高低差のある一番庭と二番庭に分割され、一番庭への入り口は2カ所に分かれています。また、墓庭入り口北側に残る里道は、2カ所で直角に折れ曲がっています。

住所

〒901-2214
沖縄県宜野湾市我如古

本部御殿墓(もとぶウドゥンばか)

 墓眉の両端の反りが緩やかである等、宜野湾市域での古式亀甲墓に類似した形態を持つ市内唯一の御殿墓です。墓庭は高低差のある一番庭と二番庭に分割され、一番庭への入り口は2カ所に分かれています。また、墓庭入り口北側に残る里道は、2カ所で直角に折れ曲がっています。

 第二尚氏王統第10代尚質王の六男・尚弘信 本部王子朝平を元祖とする亀甲墓です。墓室は天井をアーチ状に組み、正面と左右に1段ずつ棚が設けられ朝平とその妻をはじめとする合計10基の厨子甕が確認されています。里道が2カ所で折れ曲がる事はヤナムンゲーシなどの意味を持つと考えられています。

 「首里末吉に安置されていた遺骨を我如古に移した。」との、『王代記』の記述に準じると、元祖朝平が洗骨された康煕33(1694)年以降に当該墓が建造されたと推察されます。

 周辺に駐車場はありません。
 令和3年2月25日に宜野湾市指定文化財(史跡)に指定されました。

 第二尚氏王統第10代尚質王の六男・尚弘信 本部王子朝平を元祖とする亀甲墓です。墓室は天井をアーチ状に組み、正面と左右に1段ずつ棚が設けられ朝平とその妻をはじめとする合計10基の厨子甕が確認されています。里道が2カ所で折れ曲がる事はヤナムンゲーシなどの意味を持つと考えられています。

 「首里末吉に安置されていた遺骨を我如古に移した。」との、『王代記』の記述に準じると、元祖朝平が洗骨された康煕33(1694)年以降に当該墓が建造されたと推察されます。

 周辺に駐車場はありません。
 令和3年2月25日に宜野湾市指定文化財(史跡)に指定されました。

〒901-2214
沖縄県宜野湾市我如古

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