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伊佐浜「新造佐阿天橋碑」(いさはま「しんぞうさあてんはしひ」)

 首里王府が北谷間切と宜野湾間切の境にある佐阿天川(現在の普天間川)に、石造橋を新設した記念として建立された石碑です。

住所

〒901-2221
沖縄県宜野湾市伊佐

伊佐浜「新造佐阿天橋碑」(いさはま「しんぞうさあてんはしひ」)

 首里王府が北谷間切と宜野湾間切の境にある佐阿天川(現在の普天間川)に、石造橋を新設した記念として建立された石碑です。

 北谷間切と宜野湾間切の境にある佐阿天川に、首里王府が石造橋を新設した記念として建立されました。文字は擦り減ってほとんど読めなくなっていましたが、台湾大学所蔵の拓本をもとに、2000(平成12)年に復元した石碑を現地に設置しています。
 碑文の大意は「(前略)ここより東側にもう一条の道があり、都に行く正路であるが、道が険しくて容易ではない。この道は平坦なので、人は正路を通らずにこの道を通るのである。しかしながら、平日はこの川を歩いて渡っても、大雨の時は川は氾濫し、とても渡れない。しかし現在は政事が行き届いているので、民の為なら一つとして挙がらないものはない。それでここに橋を建設した(後略)」というものです。

 佐阿天橋は1820(嘉慶25・尚灝17)年に佐阿天川に架けられた石造のアーチ橋で、地元の人々はサーラバシと呼んでいました。石碑の目の前には白砂の海岸広がり、恋人たちの逢引の場所でもありました。

 周辺に駐車場はありません。
 平成元年3月31日に宜野湾市指定文化財(史跡)に指定されました。

 北谷間切と宜野湾間切の境にある佐阿天川に、首里王府が石造橋を新設した記念として建立されました。文字は擦り減ってほとんど読めなくなっていましたが、台湾大学所蔵の拓本をもとに、2000(平成12)年に復元した石碑を現地に設置しています。
 碑文の大意は「(前略)ここより東側にもう一条の道があり、都に行く正路であるが、道が険しくて容易ではない。この道は平坦なので、人は正路を通らずにこの道を通るのである。しかしながら、平日はこの川を歩いて渡っても、大雨の時は川は氾濫し、とても渡れない。しかし現在は政事が行き届いているので、民の為なら一つとして挙がらないものはない。それでここに橋を建設した(後略)」というものです。

 佐阿天橋は1820(嘉慶25・尚灝17)年に佐阿天川に架けられた石造のアーチ橋で、地元の人々はサーラバシと呼んでいました。石碑の目の前には白砂の海岸広がり、恋人たちの逢引の場所でもありました。

 周辺に駐車場はありません。
 平成元年3月31日に宜野湾市指定文化財(史跡)に指定されました。

〒901-2221
沖縄県宜野湾市伊佐

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