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具志堅貝塚

 当時の人々の生活ぶりがわかる遺物が多く出土しています。

住所

〒905-0201
沖縄県本部町具志堅

具志堅貝塚

 当時の人々の生活ぶりがわかる遺物が多く出土しています。

 具志堅貝塚は縄文時代後期(約3500~2500年前)、弥生~平安並行時代Ⅰ・Ⅱ期(約2300~2000年前)の複合遺跡で、1954(昭和29)年に多和田眞淳氏により発見されました。遺跡は本部半島の北海岸に形成された、標高3~4mの砂丘地に立地しています。

 1983~1984(昭和58~59)年に発掘調査が行われ、弥生~平安並行時代Ⅰ・Ⅱ期の柱穴群や炉跡、貝集積等の遺構とともに、数多くの時や石器、貝製品、骨製品、貝殻、魚、ウミガメ、ジュゴン、イノシシなどの骨が出土しています。中でも九州からもらたらされたと思われる「弥生土器」は、当時の人々の海を越えた交流を示すものとして重要です。
 また、最下層から見つかった埋葬人骨は、副葬品として「大山式土器」が伴っているため、縄文時代後期のものと考えられます。当時の葬制を知るうえで貴重な資料です。

 駐車場は隣接している「田空の駅ハーソー公園」をご利用ください。

【参考文献】
 「みんなの文化財図鑑―埋蔵文化財編」沖縄県教育長文化財課編,沖縄県教育委員会 2019年

 具志堅貝塚は縄文時代後期(約3500~2500年前)、弥生~平安並行時代Ⅰ・Ⅱ期(約2300~2000年前)の複合遺跡で、1954(昭和29)年に多和田眞淳氏により発見されました。遺跡は本部半島の北海岸に形成された、標高3~4mの砂丘地に立地しています。

 1983~1984(昭和58~59)年に発掘調査が行われ、弥生~平安並行時代Ⅰ・Ⅱ期の柱穴群や炉跡、貝集積等の遺構とともに、数多くの時や石器、貝製品、骨製品、貝殻、魚、ウミガメ、ジュゴン、イノシシなどの骨が出土しています。中でも九州からもらたらされたと思われる「弥生土器」は、当時の人々の海を越えた交流を示すものとして重要です。
 また、最下層から見つかった埋葬人骨は、副葬品として「大山式土器」が伴っているため、縄文時代後期のものと考えられます。当時の葬制を知るうえで貴重な資料です。

 駐車場は隣接している「田空の駅ハーソー公園」をご利用ください。

【参考文献】
 「みんなの文化財図鑑―埋蔵文化財編」沖縄県教育長文化財課編,沖縄県教育委員会 2019年

〒905-0201
沖縄県本部町具志堅

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