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今帰仁城跡 平郎門(へいろうもん)

 1961年12月から1962年4月頃に修復されたもので、左右に狭間があり、門の天井は大きな一枚岩を乗せた堅牢な作りとなっています。

住所

〒905-0428
沖縄県今帰仁村今泊

今帰仁城跡 平郎門(へいろうもん)

 1961年12月から1962年4月頃に修復されたもので、左右に狭間があり、門の天井は大きな一枚岩を乗せた堅牢な作りとなっています。

 平郎門の名称は、1713年に編集された『琉球国由来記』に、「北山王者、本門、平郎門ヲ守護ス」として登場します。1742年に作成された『具志川家家譜』の「旧城図」の史料には、この場所が「本門」として記されています。2つの史料から、今帰仁城の重要な門で、平郎門と呼ばれていたことがわかります。しかし、グスクとしての機能を終え300年以上経った1900年代初め頃には、既に門は大きく崩落していたことがわかっています。

 今帰仁城跡が行政上の保護を受けたのはまだアメリカに施政権があった1955年で、琉球政府文化財保護委員会に記念物として指定を受けたのが最初です。その後、1962年に有形文化財の建造物として指定を受け、1962年から1965年に琉球政府文化財保存調査委員会によって保存修理事業が行なわれ、平郎門と大隅(うーしみ)の城壁の修復が実施されました。

 上部構造については、櫓(やぐら)があったものと想定されており、当時は狭間は無かったものと考えられています。

 平郎門の名称は、1713年に編集された『琉球国由来記』に、「北山王者、本門、平郎門ヲ守護ス」として登場します。1742年に作成された『具志川家家譜』の「旧城図」の史料には、この場所が「本門」として記されています。2つの史料から、今帰仁城の重要な門で、平郎門と呼ばれていたことがわかります。しかし、グスクとしての機能を終え300年以上経った1900年代初め頃には、既に門は大きく崩落していたことがわかっています。

 今帰仁城跡が行政上の保護を受けたのはまだアメリカに施政権があった1955年で、琉球政府文化財保護委員会に記念物として指定を受けたのが最初です。その後、1962年に有形文化財の建造物として指定を受け、1962年から1965年に琉球政府文化財保存調査委員会によって保存修理事業が行なわれ、平郎門と大隅(うーしみ)の城壁の修復が実施されました。

 上部構造については、櫓(やぐら)があったものと想定されており、当時は狭間は無かったものと考えられています。

〒905-0428
沖縄県今帰仁村今泊