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今帰仁城跡

 沖縄屈指の名城で、御内原(うーちばる)からの眺めは絶景です。

住所

〒905-0428
沖縄県今帰仁村今泊

HP

https://www.nakijinjoseki-osi.jp/

今帰仁城跡

 沖縄屈指の名城で、御内原(うーちばる)からの眺めは絶景です。

 今帰仁城跡は沖縄本島北部、本部半島の北側に所在します。城跡が立地する丘陵は標高約100mで、丘陵頂部の主郭・御内原からの眺望は広く北に伊平屋島・伊是名島、与論島を望むことができる良所にあります。今帰仁城跡は、これまでの発掘調査の成果から13世紀後半頃に築城がはじまり、1609年の薩摩入りによって廃城、その後は祭祀施設として利用されたグスクです。琉球王国統一前、沖縄島が北山、中山、南山の三国に分かれていた時代に、北山王の居城となったグスクとして知られています。グスクとしての特徴は、石積みで区画された10の郭からなる連郭式の山城で、特に高石垣を曲線的に積み上げるところに琉球独自の技術を見ることができます。グスクの北側には今帰仁城跡と一体となっていた今帰仁ムラ跡等の集落跡やミームングスク等の支城、さらに登城道のハンタ道が良好な状態で残っています。また、シイナグスクは今帰仁城築城前に城郭整備を行ったとされる今帰仁村内のグスクで、今帰仁城跡とは直線距離で約5㎞離れた場所にあります。今帰仁城跡は、文献史料の少ない中世並行期(グスク時代)及び、琉球王国形成過程における一大勢力であった北山を考える上で重要であることから、1972年5月15日に国史跡に指定されました。1979年12月28日には新たに城壁に確認された外郭地区が、2009年7月23日には城郭地域の外側に広がる出城跡、登城道、城下町的な集落遺跡などが、2010年2月22日には今帰仁城の古城と伝えられるシイナグスクが追加して国史跡に指定されています。なお、今帰仁城跡は「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の9つの遺産のうちの一つとして世界遺産にも登録されています(2000年)。

 今帰仁城(なきじんぐすく、なきじんじょう、別名:北山城(ほくざんじょう))は、14世紀、琉球王国成立以前に存在した北山の国王・北山王の居城でした。明の洪武帝『明太祖実録』に北山王国の朝貢と今帰仁城の事が記述されています。北山は尚巴志に1416年に滅ぼされるが、北山が滅ぼされた後も旧北山統治の要所として引き続き使用され、北山監守が派遣されました。1609年の薩摩藩による琉球侵攻の際には攻撃の第一目標とされました。1665年(康熙4年)に北山監守が廃止されて以降、具志川御殿十世今帰仁朝義と係累が琉球処分まで監守跡を管理しました。今帰仁城跡内からは中国や東南アジアなどの陶磁器が多く出土し、往時の繁栄をうかがわせます。

 ボランティアガイド(無料)が常駐しています。ガイド付きの見学をおすすめします。
 城跡は国の指定史跡となっているため現状を変更することは禁止されています。
 毎年1月下旬から2月の上旬にかけて桜まつりを開催しています。

 今帰仁城跡は沖縄本島北部、本部半島の北側に所在します。城跡が立地する丘陵は標高約100mで、丘陵頂部の主郭・御内原からの眺望は広く北に伊平屋島・伊是名島、与論島を望むことができる良所にあります。今帰仁城跡は、これまでの発掘調査の成果から13世紀後半頃に築城がはじまり、1609年の薩摩入りによって廃城、その後は祭祀施設として利用されたグスクです。琉球王国統一前、沖縄島が北山、中山、南山の三国に分かれていた時代に、北山王の居城となったグスクとして知られています。グスクとしての特徴は、石積みで区画された10の郭からなる連郭式の山城で、特に高石垣を曲線的に積み上げるところに琉球独自の技術を見ることができます。グスクの北側には今帰仁城跡と一体となっていた今帰仁ムラ跡等の集落跡やミームングスク等の支城、さらに登城道のハンタ道が良好な状態で残っています。また、シイナグスクは今帰仁城築城前に城郭整備を行ったとされる今帰仁村内のグスクで、今帰仁城跡とは直線距離で約5㎞離れた場所にあります。今帰仁城跡は、文献史料の少ない中世並行期(グスク時代)及び、琉球王国形成過程における一大勢力であった北山を考える上で重要であることから、1972年5月15日に国史跡に指定されました。1979年12月28日には新たに城壁に確認された外郭地区が、2009年7月23日には城郭地域の外側に広がる出城跡、登城道、城下町的な集落遺跡などが、2010年2月22日には今帰仁城の古城と伝えられるシイナグスクが追加して国史跡に指定されています。なお、今帰仁城跡は「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の9つの遺産のうちの一つとして世界遺産にも登録されています(2000年)。

 今帰仁城(なきじんぐすく、なきじんじょう、別名:北山城(ほくざんじょう))は、14世紀、琉球王国成立以前に存在した北山の国王・北山王の居城でした。明の洪武帝『明太祖実録』に北山王国の朝貢と今帰仁城の事が記述されています。北山は尚巴志に1416年に滅ぼされるが、北山が滅ぼされた後も旧北山統治の要所として引き続き使用され、北山監守が派遣されました。1609年の薩摩藩による琉球侵攻の際には攻撃の第一目標とされました。1665年(康熙4年)に北山監守が廃止されて以降、具志川御殿十世今帰仁朝義と係累が琉球処分まで監守跡を管理しました。今帰仁城跡内からは中国や東南アジアなどの陶磁器が多く出土し、往時の繁栄をうかがわせます。

 ボランティアガイド(無料)が常駐しています。ガイド付きの見学をおすすめします。
 城跡は国の指定史跡となっているため現状を変更することは禁止されています。
 毎年1月下旬から2月の上旬にかけて桜まつりを開催しています。

〒905-0428
沖縄県今帰仁村今泊

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