旧仲里間切蔵元跡・石牆(せきしょう)
良好な状態で維持された石牆(せきしょう)と、敷地内のフクギ並木です。これらは当時からのものと考えられ、往時の姿を良くとどめていると考えられます。特に相方積みの石垣と、2つのアーチ門は非常に見事です。
琉球王国時代の仲里間切を統治するために、仲里間切蔵元が設置されました。石積みは往時の姿をよく残しており、創建当初に植えられたと思われるフクギも樹勢を維持しています。
旧具志川間切蔵元跡は兼城港に近接しているのに対して、本蔵元跡は真謝港に近接しています。これら港はグスク時代から使われており、蔵元は島への出入りが容易な地点にあることが分かります。
蔵元は、王府が久米島や先島諸島などの離島を統治するために設置した王国の出先機関です。久米島の蔵元は16世紀以降に整備されたと考えられています。
蔵元跡の敷地は県指定文化財として1956(昭和31)年2月22日に指定されました。
蔵元の石牆は国指定重要文化財として1972(昭和47)年5月15日に指定されました。
蔵元跡への出入りは自由となっています。ただし、小学校に近接していますので学校の敷地から見学する際はご注意ください。
琉球王国時代の仲里間切を統治するために、仲里間切蔵元が設置されました。石積みは往時の姿をよく残しており、創建当初に植えられたと思われるフクギも樹勢を維持しています。
旧具志川間切蔵元跡は兼城港に近接しているのに対して、本蔵元跡は真謝港に近接しています。これら港はグスク時代から使われており、蔵元は島への出入りが容易な地点にあることが分かります。
蔵元は、王府が久米島や先島諸島などの離島を統治するために設置した王国の出先機関です。久米島の蔵元は16世紀以降に整備されたと考えられています。
蔵元跡の敷地は県指定文化財として1956(昭和31)年2月22日に指定されました。
蔵元の石牆は国指定重要文化財として1972(昭和47)年5月15日に指定されました。
蔵元跡への出入りは自由となっています。ただし、小学校に近接していますので学校の敷地から見学する際はご注意ください。
〒901-3104
沖縄県久米島町真謝122