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伊敷索城跡(ちはなじょうあと)

 主郭は石灰岩の野面積みによって構成されており、一の郭東側のコーナー部分ではその特徴を観察することができます。

住所

〒901-3121
沖縄県久米島町嘉手苅

伊敷索城跡(ちはなじょうあと)

 主郭は石灰岩の野面積みによって構成されており、一の郭東側のコーナー部分ではその特徴を観察することができます。

 伊敷索城跡は、白瀬川を見下ろせる標高約25mの崖際に築かれたグスクです。城跡の築城年代に関する往時の記録は残されていませんが、城内で採集された貿易陶磁器からは、14世紀後半以降の所産であると考えられます。主郭は3つの郭から成るとされ、石積みは石灰岩の野面積みによって構成されています。また、グスクの南東側は平野が広がっており、寄せ手は容易に石積みに取りつくことができます。これを阻止するために石積み沿いに削平地を設けることで、厳重に防御されています。郭内からは貿易陶磁器が採集されており、青磁や白磁の碗や皿が確認されています。

 後世に記された『具志川間切旧記』によると、本グスクを治めた伊敷索按司には3人の息子がおり、長男は宇江城城、次男は具志川城、三男を登武那覇城に配したとされています。城立てや落城に関する記述が無く、詳細は不明です。

 1961(昭和36)年6月15日に県指定史跡に指定されました。
 石積みに上がることは安全対策の観点から禁止です。
 石積みの中にはヘビが潜んでいることがあるので、近づく際は注意してください。 

 伊敷索城跡は、白瀬川を見下ろせる標高約25mの崖際に築かれたグスクです。城跡の築城年代に関する往時の記録は残されていませんが、城内で採集された貿易陶磁器からは、14世紀後半以降の所産であると考えられます。主郭は3つの郭から成るとされ、石積みは石灰岩の野面積みによって構成されています。また、グスクの南東側は平野が広がっており、寄せ手は容易に石積みに取りつくことができます。これを阻止するために石積み沿いに削平地を設けることで、厳重に防御されています。郭内からは貿易陶磁器が採集されており、青磁や白磁の碗や皿が確認されています。

 後世に記された『具志川間切旧記』によると、本グスクを治めた伊敷索按司には3人の息子がおり、長男は宇江城城、次男は具志川城、三男を登武那覇城に配したとされています。城立てや落城に関する記述が無く、詳細は不明です。

 1961(昭和36)年6月15日に県指定史跡に指定されました。
 石積みに上がることは安全対策の観点から禁止です。
 石積みの中にはヘビが潜んでいることがあるので、近づく際は注意してください。 

〒901-3121
沖縄県久米島町嘉手苅

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