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糸数アブチラガマ

 沖縄戦時、実際に利用された壕を見学することができます。中は一切光が届かない暗闇で、この暗闇で避難者がどのようなことを考えていたのか、ガイドの説明を交えながら追体験することができます。

住所

〒901-0606
沖縄県南城市玉城糸数

HP

https://abuchiragama.com/

糸数アブチラガマ

 沖縄戦時、実際に利用された壕を見学することができます。中は一切光が届かない暗闇で、この暗闇で避難者がどのようなことを考えていたのか、ガイドの説明を交えながら追体験することができます。

 南城市玉城字糸数にある自然洞窟(ガマ)です。アブチラガマの「アブ」とは、深い縦の洞穴、「チラ」は崖、「ガマ」は沖縄方言で洞窟やくぼみという意味を持ちます。、沖縄各地にアブチラガマはありますが、南城市糸数のものはアブチラガマの中でも最大規模を誇ります。
 沖縄戦時中に病院壕として利用され、現在は平和学習の場として修学旅行生などが多く訪れています。

 全長270mの自然洞窟で「糸数壕」とも呼ばれ、沖縄戦時は糸数集落の避難指定壕でしたが、旧日本軍の陣地壕や倉庫として利用されていき、戦場が南下するに連れて南風原陸軍病院の分室となりました。当時は、軍医・看護婦・ひめゆり学徒隊が配属され、壕内は600名以上の負傷兵で埋め尽くされたといいます。重病人の収容場所や旧日本軍の作戦会議などが行われ、遺品だけでなく、旧日本軍が積み上げた石壁や自然洞窟の天井から滴り落ちる水、水を溜める貴重な井戸などが現在も残されています。
 1945(昭和20)年5月25日の南部撤退命令によって病院は搬退し、糸数の住民と生き残った負傷兵、日本兵の雑居状態となりました。その後、米軍の攻撃に遭いながらも生き残り、8月22日の米軍の投降勧告に従って住民と負傷兵は壕を出ました。

 壕の中は滑りやすいため、動きやすい運動靴を推奨します。
 入壕には予約が必要で、懐中電灯(レンタル有り)とガイドなしでは入壕できません。入壕料とガイド料がかかります。詳しくは下記サイトをご確認ください。

糸数アブチラガマ案内センター(旧南部観光総合案内センター)
https://abuchiragama.com/

 南城市玉城字糸数にある自然洞窟(ガマ)です。アブチラガマの「アブ」とは、深い縦の洞穴、「チラ」は崖、「ガマ」は沖縄方言で洞窟やくぼみという意味を持ちます。、沖縄各地にアブチラガマはありますが、南城市糸数のものはアブチラガマの中でも最大規模を誇ります。
 沖縄戦時中に病院壕として利用され、現在は平和学習の場として修学旅行生などが多く訪れています。

 全長270mの自然洞窟で「糸数壕」とも呼ばれ、沖縄戦時は糸数集落の避難指定壕でしたが、旧日本軍の陣地壕や倉庫として利用されていき、戦場が南下するに連れて南風原陸軍病院の分室となりました。当時は、軍医・看護婦・ひめゆり学徒隊が配属され、壕内は600名以上の負傷兵で埋め尽くされたといいます。重病人の収容場所や旧日本軍の作戦会議などが行われ、遺品だけでなく、旧日本軍が積み上げた石壁や自然洞窟の天井から滴り落ちる水、水を溜める貴重な井戸などが現在も残されています。
 1945(昭和20)年5月25日の南部撤退命令によって病院は搬退し、糸数の住民と生き残った負傷兵、日本兵の雑居状態となりました。その後、米軍の攻撃に遭いながらも生き残り、8月22日の米軍の投降勧告に従って住民と負傷兵は壕を出ました。

 壕の中は滑りやすいため、動きやすい運動靴を推奨します。
 入壕には予約が必要で、懐中電灯(レンタル有り)とガイドなしでは入壕できません。入壕料とガイド料がかかります。詳しくは下記サイトをご確認ください。

糸数アブチラガマ案内センター(旧南部観光総合案内センター)
https://abuchiragama.com/

〒901-0606
沖縄県南城市玉城糸数