SPOTスポット

受水走水(うきんじゅはいんじゅ)

 沖縄稲作発祥の地の伝説が残る泉があります。

住所

〒901-0603
沖縄県南城市玉城百名

受水走水(うきんじゅはいんじゅ)

 沖縄稲作発祥の地の伝説が残る泉があります。

 百名の海岸からほど近い湧泉で、泉口が2つあります。西側を「受水(ウキンジュ)」、東側を「走水(ハインジュ)」といい、受水の泉口は、香炉後方の岩の奥にあり、そこが三穂田(みふーだ)に、走水では香炉後方の左側と上部から水が湧き出て、それが親田(ウェーダ)に注ぎ込んでいます。

 この泉は、沖縄の稲作発祥の伝承としても広く知られています。それによると、その昔、仲村渠のアマスの祖先であるアマミツが使者として中国に渡り、現地で見付けた稲を持ち帰ろうとするも許可されず、次の使者・伊波按司に託しました。伊波按司も許されませんでしたが、中国の役人から帰国後に、「一羽の鶴を中国に飛ばせば、稲をくわえさせて琉球に帰そう」と言われました。その後、伊波按司は鶴を探すと、強風に遭って米地(カラウカハ)で死んでいる鶴を発見し、その鶴がくわえていた稲穂から受水走水の三穂田でアマミツ及び百名の安里(アシトゥ)と大前(ウフメー)の祖先が稲を育て、各地に稲作が広まったと伝わっています。
 『由来記』には「浜川ウケミゾハリ水(神名:ホリスマスミカキ君ガ御水御イベ)」とあり、さらにニライカナイから稲の種を持ってきたアマミク神から百名村の人が育て方を習い、浜川ウラ原に親田、高マシノマシカマ田に稲を植えました。また、毎年正月と12月の祈願、隔年4月の稲のミシキョマ(初穂祭)、9月の麦初穂子には王府から役人がきて祭祀を行い、干ばつには国王による雨乞い儀礼も行われたと記されており、同拝所は王府祭祀が行われた重要な拝所でした。
 現在、字百名の1月2日の初ウビー、字新原集落の1月2日(新)の初ウビー、4月の清明入り日の字清明、8月10日の生リヌ御願、字仲村渠の2月初午の日の親田御願の集落祭祀で拝まれています。

 市指定文化財:史跡(1977(昭和52)年7月21日指定)
 駐車場(有料)有り・トイレ無し。
 駐車場は個人管理の駐車場をご利用ください。夏季有料(1日500円)それ以外無料となっています。
 滑りやすいのでご注意ください。湧水は飲まないでください。

 百名の海岸からほど近い湧泉で、泉口が2つあります。西側を「受水(ウキンジュ)」、東側を「走水(ハインジュ)」といい、受水の泉口は、香炉後方の岩の奥にあり、そこが三穂田(みふーだ)に、走水では香炉後方の左側と上部から水が湧き出て、それが親田(ウェーダ)に注ぎ込んでいます。

 この泉は、沖縄の稲作発祥の伝承としても広く知られています。それによると、その昔、仲村渠のアマスの祖先であるアマミツが使者として中国に渡り、現地で見付けた稲を持ち帰ろうとするも許可されず、次の使者・伊波按司に託しました。伊波按司も許されませんでしたが、中国の役人から帰国後に、「一羽の鶴を中国に飛ばせば、稲をくわえさせて琉球に帰そう」と言われました。その後、伊波按司は鶴を探すと、強風に遭って米地(カラウカハ)で死んでいる鶴を発見し、その鶴がくわえていた稲穂から受水走水の三穂田でアマミツ及び百名の安里(アシトゥ)と大前(ウフメー)の祖先が稲を育て、各地に稲作が広まったと伝わっています。
 『由来記』には「浜川ウケミゾハリ水(神名:ホリスマスミカキ君ガ御水御イベ)」とあり、さらにニライカナイから稲の種を持ってきたアマミク神から百名村の人が育て方を習い、浜川ウラ原に親田、高マシノマシカマ田に稲を植えました。また、毎年正月と12月の祈願、隔年4月の稲のミシキョマ(初穂祭)、9月の麦初穂子には王府から役人がきて祭祀を行い、干ばつには国王による雨乞い儀礼も行われたと記されており、同拝所は王府祭祀が行われた重要な拝所でした。
 現在、字百名の1月2日の初ウビー、字新原集落の1月2日(新)の初ウビー、4月の清明入り日の字清明、8月10日の生リヌ御願、字仲村渠の2月初午の日の親田御願の集落祭祀で拝まれています。

 市指定文化財:史跡(1977(昭和52)年7月21日指定)
 駐車場(有料)有り・トイレ無し。
 駐車場は個人管理の駐車場をご利用ください。夏季有料(1日500円)それ以外無料となっています。
 滑りやすいのでご注意ください。湧水は飲まないでください。

〒901-0603
沖縄県南城市玉城百名

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