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島添大里(しましーおおざと)城跡

 城内北側展望台は、本島中部まで見渡すことのできる景勝地です。

住所

〒901-1202
沖縄県南城市大里大里

島添大里(しましーおおざと)城跡

 城内北側展望台は、本島中部まで見渡すことのできる景勝地です。

 当時の島尻地域を支配した島添大里按司によって築城された城跡です。大里字西原の北側、標高約150mの琉球石灰岩の丘陵台地に位置し、崖を背に堅固な城壁を築くなど自然の地形を上手く活用した構造になっています。

 14世紀頃、当時の島尻地域を支配した島添大里按司によって築城されました。「島添」とは、「島々を支配する」という意味を持ち、大里・佐敷・知念・玉城地域を支配下に置き、中国の明王朝とも盛んに貿易を行っていたとされ、大きな勢力を誇っていました。正殿跡からの眺望は素晴らしく、勝連・中城・首里といったグスクの動向も把握しやすいことから戦略的に有利な位置にありましたが、15世紀の初め頃に尚巴志によって攻略され落城しました。
 『中山世譜』によると、島添大里按司は家来を集めて「今、諸按司は皆おそれるにあたらず、ただ佐敷按司の子、巴志をおそれている」と話し、突然攻めてきた巴志たちになすすべもなく滅ぼされたといいます。その後、島添大里城は後の初代琉球国王となる尚巴志により、三山統一のための軍事拠点として利用されました。

 国指定文化財:史跡(2012(平成24)年1月24日指定)
 指定名称:島添大里城跡(島添大里グスク主体)
 駐車場(無料)有り・トイレ無し。
 広大な敷地であり、樹林地や草が繁茂している場所はハブのいる可能性が高いので、絶対に立ち入らないでください。

 当時の島尻地域を支配した島添大里按司によって築城された城跡です。大里字西原の北側、標高約150mの琉球石灰岩の丘陵台地に位置し、崖を背に堅固な城壁を築くなど自然の地形を上手く活用した構造になっています。

 14世紀頃、当時の島尻地域を支配した島添大里按司によって築城されました。「島添」とは、「島々を支配する」という意味を持ち、大里・佐敷・知念・玉城地域を支配下に置き、中国の明王朝とも盛んに貿易を行っていたとされ、大きな勢力を誇っていました。正殿跡からの眺望は素晴らしく、勝連・中城・首里といったグスクの動向も把握しやすいことから戦略的に有利な位置にありましたが、15世紀の初め頃に尚巴志によって攻略され落城しました。
 『中山世譜』によると、島添大里按司は家来を集めて「今、諸按司は皆おそれるにあたらず、ただ佐敷按司の子、巴志をおそれている」と話し、突然攻めてきた巴志たちになすすべもなく滅ぼされたといいます。その後、島添大里城は後の初代琉球国王となる尚巴志により、三山統一のための軍事拠点として利用されました。

 国指定文化財:史跡(2012(平成24)年1月24日指定)
 指定名称:島添大里城跡(島添大里グスク主体)
 駐車場(無料)有り・トイレ無し。
 広大な敷地であり、樹林地や草が繁茂している場所はハブのいる可能性が高いので、絶対に立ち入らないでください。

〒901-1202
沖縄県南城市大里大里