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ワカリジー

 浦添城跡の東の端にそびえ立つ岩山で、独特の不思議な風景を醸し出します。

住所

〒901-2102
沖縄県浦添市前田

ワカリジー

 浦添城跡の東の端にそびえ立つ岩山で、独特の不思議な風景を醸し出します。

 浦添城跡の東端に屹立する岩で、頂上の標高は約148メートルと市内で最も高い場所となっています。
 戦前、琉球文化を研究する鎌倉芳太郎も当地を訪れ、ワカリジーの詳細なスケッチを残しています。岩の下に置かれた香炉と灯籠が描かれ、現在でもそれらは一部残されています。

 1713(正徳3)年に成立した地誌『琉球国由来記』には浦添城跡内の御嶽に関する記述があり、その中の「小城嶽」がワカリジーにあたると考えられています。「為朝岩」とも呼ばれますが、これは近代になって付けられた呼称と言われています。ワカリジーは英祖王と女神職のウシキンベーとの間に生まれたイソノシー(伊祖の子)を祀った場所とされ、主に前田集落から信仰され、首里や那覇からも参拝者が訪れたといいます。沖縄戦では米軍から「ニードルロック(針のような岩)」と呼ばれ、日米両軍の間で争奪戦が繰り広げられました。近年では崩落を防ぐため修復が行われ、周辺も整備されつつあります。「浦添八景」の一つにも選ばれています。

 遠目からでもそれとわかる浦添城跡のシンボルとなっています。

 浦添城跡の東端に屹立する岩で、頂上の標高は約148メートルと市内で最も高い場所となっています。
 戦前、琉球文化を研究する鎌倉芳太郎も当地を訪れ、ワカリジーの詳細なスケッチを残しています。岩の下に置かれた香炉と灯籠が描かれ、現在でもそれらは一部残されています。

 1713(正徳3)年に成立した地誌『琉球国由来記』には浦添城跡内の御嶽に関する記述があり、その中の「小城嶽」がワカリジーにあたると考えられています。「為朝岩」とも呼ばれますが、これは近代になって付けられた呼称と言われています。ワカリジーは英祖王と女神職のウシキンベーとの間に生まれたイソノシー(伊祖の子)を祀った場所とされ、主に前田集落から信仰され、首里や那覇からも参拝者が訪れたといいます。沖縄戦では米軍から「ニードルロック(針のような岩)」と呼ばれ、日米両軍の間で争奪戦が繰り広げられました。近年では崩落を防ぐため修復が行われ、周辺も整備されつつあります。「浦添八景」の一つにも選ばれています。

 遠目からでもそれとわかる浦添城跡のシンボルとなっています。

〒901-2102
沖縄県浦添市前田

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