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伊祖城跡

 比較的規模の小さな城ですが、丘陵を取り囲む形で石垣が巡らされています。石積みは切石(きりいし)積みと野面(のづら)積みの両積石の技法が用いられ、東北向きの城門付近から本丸跡(現伊祖神社付近)にかけては切石積み、南西側の断崖上の崖縁は野面積みとなっています。城跡内からは中国製青磁、白磁、南蛮陶器などが出土しており、当時の豪族の暮らしぶりがうかがえます。現在は伊祖公園として整備され市民の憩いの場となっており、展望台からは眼下に広がる街並みや遠く東シナ海を一望できます。石積みの残存状況も良く、古琉球の様相を伝える貴重なグスクです。
※旗立て:海岸が一望でき、戦前まで旗竿を立てる岩があったとされます。浦添の語源「うらおそい」(津々浦々を治める)を思わせる風景が広がります。

住所

〒901-2132
沖縄県浦添市伊祖

伊祖城跡

 比較的規模の小さな城ですが、丘陵を取り囲む形で石垣が巡らされています。石積みは切石(きりいし)積みと野面(のづら)積みの両積石の技法が用いられ、東北向きの城門付近から本丸跡(現伊祖神社付近)にかけては切石積み、南西側の断崖上の崖縁は野面積みとなっています。城跡内からは中国製青磁、白磁、南蛮陶器などが出土しており、当時の豪族の暮らしぶりがうかがえます。現在は伊祖公園として整備され市民の憩いの場となっており、展望台からは眼下に広がる街並みや遠く東シナ海を一望できます。石積みの残存状況も良く、古琉球の様相を伝える貴重なグスクです。
※旗立て:海岸が一望でき、戦前まで旗竿を立てる岩があったとされます。浦添の語源「うらおそい」(津々浦々を治める)を思わせる風景が広がります。

 伊祖城跡は琉球史に名君としてその名を残す、てだこ(太陽の子)といわれた英祖(えいそ)王(1229~1299年)の誕生の地として伝えられています。父親は恵祖(えそ)世主と呼ばれ、伊祖城に居を構えた伊祖按司(あじ:領主的豪族)です。伊祖集落の北東方に位置し、東西に延びる標高50~70mの琉球石灰岩の丘陵上に築かれたグスクです。

 首里王府が編纂した『おもろさうし』第十五(1623年)に伊祖グスクのアマミクによる開闢を記したオモロ(古謡)が収録されています。琉球の国土創生神であるアマミクが創造したという伝承が残る御嶽で、今もなお琉球固有の地形・地質、植生からなる聖地として良好な風致景観を伝えています。

  1961(昭和36)年に「伊祖城跡」として県の文化財(史跡)に指定され、2018(平成30)年に「アマミクヌムイ」として国の文化財(名勝)に指定されています。

 伊祖城跡は琉球史に名君としてその名を残す、てだこ(太陽の子)といわれた英祖(えいそ)王(1229~1299年)の誕生の地として伝えられています。父親は恵祖(えそ)世主と呼ばれ、伊祖城に居を構えた伊祖按司(あじ:領主的豪族)です。伊祖集落の北東方に位置し、東西に延びる標高50~70mの琉球石灰岩の丘陵上に築かれたグスクです。

 首里王府が編纂した『おもろさうし』第十五(1623年)に伊祖グスクのアマミクによる開闢を記したオモロ(古謡)が収録されています。琉球の国土創生神であるアマミクが創造したという伝承が残る御嶽で、今もなお琉球固有の地形・地質、植生からなる聖地として良好な風致景観を伝えています。

  1961(昭和36)年に「伊祖城跡」として県の文化財(史跡)に指定され、2018(平成30)年に「アマミクヌムイ」として国の文化財(名勝)に指定されています。

〒901-2132
沖縄県浦添市伊祖